晏如あんじょ)” の例文
まるで捨身すてみのかまえとしか見えない。もし位置をえて、信玄がそれに拠るとしたら、信玄は決して晏如あんじょとしていられない気がする。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何故なら以上論じ尽した理由によると、どうしても見ず知らずの他人の手に赤ン坊を渡して、母親が晏如あんじょとしている筈がないからである。
愛の為めに (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
すくなくも道学者流の偽善はない。まことに明朗快闊、すべからく男性たるものかくの如く晏如あんじょたるべしといいたいところである。
現代能書批評 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
ただ道也先生がこの一点の温気おんきなき陋室ろうしつに、晏如あんじょとして筆硯をするの勇気あるは、外部より見て争うべからざる事実である。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あらゆる賞讃や注目から身を退いて、いつでもその貧しい友人の中に晏如あんじょとして暮しているシューベルトだったのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
若しかかる約束にある智的生活が生活の基調をなし、指導者とならなければならぬとしたら、人間は果して晏如あんじょとしていることが出来るだろうか。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そしてまた、どこでこれ以上の親切な待遇を見出し得よう?……しかし彼の自尊心は、友の世話になってるという考えに晏如あんじょたることができなかった。
円らかな、てらいのない、晏如あんじょとした心持……。其は総ての芸術を通して持つべき気品なのであろう。
わたくしは果してよくケーベル先生やハーン先生のように一生涯他郷に住み晏如あんじょとしてその国の土になることができるであろうか。中途で帰りたくなりはしまいか。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
従容しょうようとしてせまらず、晏如あんじょとしておそれず、偉なるかな、偉なる哉。皇太孫允炆いんぶん、宜しく大位に登るべし、と云えるは、一げんや鉄の鋳られたるがごとし。衆論の糸のもつるゝを防ぐ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
会社の方を能く勤めるのは無論の話、細君が随分手ひどく当っても晏如あんじょとして狂わない。
髪の毛 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
... 単純に考えて、晏如あんじょとして居られないんです。そのくせ性格の半面は、とても単純でのん気千万のくせに。」すると従妹いとこが突然「それが好いわよ。」と妙なしめくくりをつけたので
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
如何なる神の前であれ、神の前に立ったとき何人が晏如あんじょたり得ようか。
青春論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
さればとて印度インド民族はアングロサクソン民族では無い。それがこのまま晏如あんじょとして何時いつまでも英国の節度に服して行くのであろうか。民智は時をうて進歩し、自治的能力はそれに伴って発達する。
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
然るに吾々が晏如あんじょとして眠れる間に武器を持つことその事の故のみで、吾々多数の意志は無のごとくに踏み付けられるならば、先ず公平なる暴力を出発点として、吾々の勝敗を決せしめるにくはない。
二・二六事件に就て (新字新仮名) / 河合栄治郎(著)
いまは劉皇叔の消息も知れぬが、一朝お行方の知れた時は、関羽は一日とて、曹操のもとに晏如あんじょと留まっておるものではござらん。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼に若し、その愛によって衆生しゅじょうを摂取し尽したという意識がなかったなら、どうしてあの目前の生活の破壊にのみ囲まれて晏如あんじょたることが出来よう。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
吟味与力で相当に敵も作っている笹野新三郎が、家族から縄付を出して晏如あんじょとしていられる道理はありません。
頭を剃ったパッチばきの幇間の態度がいかにもその処を得たように見えはじめた。わたくしは旧習に晏如あんじょとしている人たちに対する軽い羨望せんぼう嫉妬しっとをさえ感じないわけには行かなかった。
草紅葉 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そうして晏如あんじょとしている。電車に取り巻かれながら、太平の空気を、通天に呼吸してはばからない。このなかに入る者は、現世を知らないから不幸で、火宅かたくをのがれるから幸いである。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お父さんは相変らず晏如あんじょとして愚迂多羅兵衛ぐうたらべえを極め込んでいる。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
内省の魔が忍びこんでくる時には晏如あんじょとしてはゐられない。
孫権自身もまた、それに晏如あんじょとしてはいなかった。叔父の孫静そんせいに呉会を守らせて、鄱陽湖に近い柴桑郡さいそうぐん江西省こうせいしょう九江西南きゅうこうせいなん
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人一たび勢利のちまた奔馳ほんちするや、時運に激せられて旧習に晏如あんじょたる事あたはず。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
一杯やっても晏如あんじょとして、決して愚痴をこぼさないのみならず
小問題大問題 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
義昭よしあきでも義景よしかげでも、また今川義元のごときでさえも、位置や名門に晏如あんじょとしていれば、たちまち時代の怒濤がくつがえして行った。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
事ごとにこういう齟齬そごばかり踏んだ甲軍は、もう後ろに迫っている徳川、織田の聯合軍に対して、一刻も晏如あんじょとしてはいられない状態になっていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
曹操の心は、いよいよ晏如あんじょたり得ない。冬は長い。実に冬は長いのである。明けても暮れても大陸の空は灰色に閉じて白いものを霏々ひひと舞わせている。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんな大騒動の起因が、自分にあるものと考えては、宋江の性格として、もう晏如あんじょとこれを見てはいられない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
官界の堕落腐敗のなかに長く晏如あんじょとしていられるあなたでもないことは知れきっていると思ったからだが……
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも貴公だけならよいが、老公の側近から家中の正義の士がことごとく全滅の憂目を見るに知れきっているものを——晏如あんじょとして、見ているのは信義ではない
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大将たりとその大将の座に、晏如あんじょおごっているなどは、すこぶる危ないものであるぐらいなことは、左中将義貞ほどなものが、わきまえていないはずもなかった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
晏如あんじょと、身を横にしていられないような衝動が、唐突に、意識を度外して、からだを起させたのである。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも一日も晏如あんじょたるは得ない刻下こっかにあって、こういう老人をつかまえてかんとがらせていたことの何たる愚ぞや——と自嘲を覚えるとともに、秀吉にたいする敵意は
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
逐日ちくじつ、織田遺業の勢力けんに、秀吉なる名が、何とはなく、澎湃ほうはいたる威勢をもって聞え出して来たことは、勝家として、到底、晏如あんじょとしているに忍びない現象であるのだ。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
情死しんじゅうの片残りという不甲斐ない身を、一日も晏如あんじょとしている恥かしさに耐えなくなった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
儒者の論に耳をとられて、今を晏如あんじょとして過ごしていたら、悔いを百年にのこすでしょう
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
捨て、数正の心も決して、晏如あんじょではない。……が、運命の是非なさであろう。ゆるされい
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
われらの大望はまだ中途でしょうが。だのに、はや公卿なみの優遇ぐらいで骨抜きにされ、勅とあれば理非なくありがたがる兄者なのでは情けない。直義は一同に代り、その晏如あんじょ
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
のみならず、越路の雪の長さを思うと、彼の胸には、千丈はおろか、万丈の恨みが悶々もんもんとふり積った。かくて寸閑も女子供など相手に晏如あんじょとしていられないものにわれ出すのであった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
の一声と、あの快馬一鞭いちべんは、勝てるという晏如あんじょな気持からは出るものではない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一刻も晏如あんじょとしてはいられない寂しさと焦躁しょうそうにかられていた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貞盛として、これは晏如あんじょたり得ない。——やがて。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、晏如あんじょとしていた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)