怪鳥けちょう)” の例文
クックックッと、口を押えて忍び笑いをしているような、まるで怪鳥けちょうの鳴き声のような、何とも云えぬいやな感じの音響であった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
怪鳥けちょうの叫ぶような気合いを発したかと思うと、いきなり槍もろとも駈けだして行って、道場の突当りの板へどかんとぶつけた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほんとうにそれは八幡の藪知らずのような、目もあやにややっこしい「芸」の怪鳥けちょうなく深山幽谷であり、九十九折つづらおりだった。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
東西もわきまえぬこの荒野あれのとも存ずる空に、また、あの怪鳥けちょうの鳶の無気味さ。早や、既に立窘たちすくみにもなりましょうず処——令嬢おあねえさまお姿を見掛けましたわ。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それにしても他のひとりの媳はどうしたかと見まわすと、はりの上に一羽の大きい怪鳥けちょうが止まっていた。鳥は灰黒色のはねを持っていて、口喙くちばしかぎのように曲がっていた。
まるで、南海の怪鳥けちょうが行列を作っているようである。それはもうお蔦でもなければ、里好でもない。二人はただ、うばたまの闇黒にうごめく烏羽玉のの一つ二つだ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
古い時代には、鶏と何か観念上のつらなりがあったらしく、鶏に似た怪鳥けちょうの姿の雷がいる。
雷神 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
それは夜の怪鳥けちょうの声でなければ、土蔵の戸前のきしむ音でなければなりません。
ごらんなさい、あそこの額のなかには、ひとの鬼婆あや、天子様の御病気に取憑とりついたぬえという怪鳥けちょうまであがっているじゃありませんか、それだのに、切支丹の神様がなぜいけないんでしょう?
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それも時折にやんで、夜はだいぶけたらしいが、弦之丞はまだ帰らず、逢坂山おうさかやまの上あたりに、不気味な怪鳥けちょうの羽ばたきがする。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まだ電燈がついたばかり、太陽の残光と、電燈とが、お互に光を消し合っている、大禍時おおまがどき。その中に、黒い怪鳥けちょうの様な男の姿が、いとも不気味に見えたものだ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
左膳の口にくわえている濡れ燕……五月雨さみだれに濡れた燕ならで、これは、血に濡れた怪鳥けちょう、濡れ燕。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
両腕に取りついている怪鳥けちょうを振り払おうとして、小坂部は幾たびか身をもがいた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
種をくわえて来ましたのは、定めし怪鳥けちょうぬえじゃろうかに手前どもが存じまする。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
怪鳥けちょうのような笑いが、小日向の夜に木霊こだまします。
元より怪鳥けちょう走獣そうじゅうの声ばかりな深山なので、そこに住む遊女といってはみな年老いたのが多く、旅人たちはそれを「山姥やまうば」などとんでいた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伝えるところによると、小児が病いにかかる時、一羽の鵂鶹きゅうりゅう——一種の怪鳥けちょうで、形は鷹のごとく、よく人語をなすということである。——のような黒い鳥影がともしびの下を飛びめぐる。
カフェでは、丸めてわきの下にかかえていたので、それとわからなかったが、いま見ると、彼は背広の上には不似合いな、黒のインバネス・コートを着て、巨大な夜の怪鳥けちょうの姿で立っているのだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それはほどなく近づいた雷神らいじんたきのひびきである。暗々あんあんたるこずえから梢を、バラバラッと飛びかうものは、夜のゆめをやぶられたむささびか怪鳥けちょうであろう。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうやって、インバネスの片袖から突出したひじを窓枠に乗せ、移り行く窓の外の景色をうっとりと眺めながら、物凄い怪鳥けちょうの詩を口誦んでいる彼の様子が、私には何かしらひどく神秘的に見えたものだ。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ざわめく蘆荻ろてきのあいだから船は早くも離れかけた。帆車がきしる。怪鳥けちょうのつばさのように帆は風をはらむ。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分が最前さいぜんほりのあなたへ、しのびやかに吹いていたふえが空をゆるく、たえに流れているあいだ、えるように、しずかにこの源氏閣げんじかくの上をっていた怪鳥けちょうのことを。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
清水寺せいすいじが峰ふところに建立こんりゅうされても、このあたりは夜に入ると、怪鳥けちょうの羽ばたきを聞くような淋しさである。老杉ろうさんの上に、夕月を見た。やぶ蚊が襲ってくる。通る僧侶もない。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれらの目には、なんというはんだんもつかなかったが、地上から明かりをむけたせつな、かつて、話にきいたこともない怪鳥けちょうが、虚空こくうに風をよんでったのが、チラと見えた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
突然、樹々の眠りをさましてける怪鳥けちょうのように、一声、女の鋭い悲鳴がつんざいた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これから人も怪鳥けちょうの往来も絶えようという小仏の夜に向って、虫も殺さぬような小娘が、ただ一人で、この峠の絶頂を立とうというのですから、一方は、暫くあっけにとられました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)