尖塔せんとう)” の例文
こおろぎや蜘蛛くもありやその他名も知らない昆虫こんちゅうの繁華な都が、虫の目から見たら天を摩するような緑色の尖塔せんとうの林の下に発展していた。
芝刈り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
俺だちはその尖塔せんとうを窓から覗きあげた。頂きの近いところに、少し残っている足場が青い澄んだ冬の空に、輪郭りんかくをハッキリ見せていた。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
深い樹立のなかには教会の尖塔せんとうそびえていたり、外国の公使館の旗がヴィラ風な屋根の上にひるがえっていたりするのが見えた。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
寺院の崩れかかった廃墟はいきょにはつたがはいまわり、村の教会の尖塔せんとうは、近くの丘の上にぬきでている。どれもこれも、いかにもイギリスらしい。
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
地震、と欄干につかまって、目を返す、森を隔てて、煉瓦れんがたてもの、教会らしい尖塔せんとうの雲端に、稲妻が蛇のように縦にはしる。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
マルセーユの石山のノートルダム寺院の尖塔せんとうの黄金像にもまして、自分は、日本女優花子の美は自分にとって尊いなどと、お世辞を仰有おっしゃるのです。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
ななめ下には、教会堂の尖塔せんとうするどく、空に、つきさって、この通俗的な抒情画じょじょうがを、さらに、完璧かんぺきなものにしていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
今しがたまで見ていたのにもうどうしてもそれを何時見たのだか思い出せない何処かの教会の尖塔せんとうだったり、明の何かをじっと堪えているような様子だったり
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
セーヌ河をへだててノートルダムの尖塔せんとうの見えるかも料理のツールダルジャン等一流の料理屋から
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
組子細工のゴシック風の尖塔せんとうがそのなかに包まれて眠っているほの暗い大気の静寂をやぶって、一時間ごとにふいに陰鬱いんうつな音をたてて響きわたる教会のベルの深い鈍い音色に
もう村も見えなくなり、教会の尖塔せんとうも山のかげにかくれてしまった。そして山木と河合の乗っている奇妙な自動車は、黄い路面を北へ北へととって、順調に走っているのだった。
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
微風にうなずくたびに匂う肉桂にっけい園、ゆらゆらと陽炎かげろうしているセントジョセフ大学の尖塔せんとう、キャフェ・バンダラウェラの白と青のだんだら日よけ、料理場を通して象眼ぞうがんのように見える裏の奴隷湖
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
列車の窓が次々に送り迎える巍然ぎぜんたる街衢がいく、その街衢と街衢との切れ目毎にちらつく議事堂の尖塔せんとうを遠望すると、今更に九年の歳月と云うものの長さ、———その間には帝都の変貌へんぼうのみならず
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「産業塔」をとり囲んでいた数千の群集は、その時、探照燈の白光びゃっこうの中に、白い蜃気楼しんきろうの様に浮び上った尖塔せんとう上の、非常に印象的な、美しくも奇怪なる光景を、長い後まで忘れることが出来なかった。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
町から二里隔たってるその邸宅には、光ってる石盤屋根の尖塔せんとうがそびえ、まわりに大きな森があり、森の中には魚を放った池が散在していた。そのボニヴェー家からジャンナン家へ懇親を求めてきた。
また教会外にたって局外よりこれを見る時は今日までは神意の教導によりて歩む仁人君子の集合体と思いしものもまたその内に猜疑せいぎ、偽善、佞奸ねいかんの存するなきにあらざるを知れり、尖塔せんとう天を指して高く
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
やっとドウスゴイの寺院の尖塔せんとうが見える処まで来ました。
死後の恋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私の詩は尖塔せんとうにひつかゝつた
教会の高いゴシック式の尖塔せんとうはこの木のうえにすっくりとそびえたち、いつも深山烏みやまがらすや烏がそのあたりを舞っていた。
その美しい尖塔せんとうを眺め、見入り、そして自分の心の充たされてくるまでそれに愛撫せられていた……
木の十字架 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
いまは、運命に任せて目をつむると、と風も身も動かなく成つた。我に返ると、わしおおいなるこずえに翼を休めて居る。が、山の峰のいただきに、さながら尖塔せんとうの立てる如き、雲をつらぬいた巨木きょぼくである。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
何ともないような橋なのだが、しきりに私達の心はかれる。向う岸の橋詰に榕樹ガジマルの茂みが青々として、それから白い尖塔せんとうぬきんでている背景が、橋を薄肉彫のように浮き出さすためであろうか。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
拱廊きょうろうのあいだから見あげると、青い空がわずかに見え、雲が一片流れていた。そして、寺院の尖塔せんとうが太陽に輝いて蒼天そうてん屹立きつりつしているのが眼にうつった。
納屋の尖塔せんとうのいただきで、勇敢に風と戦っているさまを見ているのだった。