将軍しょうぐん)” の例文
旧字:將軍
けれどもこれほどのえらい将軍しょうぐんをただほうむってしまうのはしいので、そのなきがらによろいせ、かぶとをかぶせたまま、ひつぎの中にたせました。
田村将軍 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「あります。将軍しょうぐん呉子蘭ごしらんは、小生の良友ですが、特に忠義の心の篤い人物です。義を以て語れば、必ずお力となりましょう」
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうなれば、さむらいはもとより、もっとうえにいるとのさまや将軍しょうぐんにも、せっきょう(ときおしえること)をすることができますし、とうとばれ、うやまわれもしたのです。
まるでがいせん将軍しょうぐんのように晴れがましくアユミをわたる子どもらとそれを迎える親たちのなかで、コトエとおばんだけは泣いていた、やぶへまわって本包みをとってもどりながら
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
おまえは、なかなか承知しょうちしないのね。でも、あたしには、そのさきも予言よげんできます。がいせんした将軍しょうぐんたちが、みずうみきしに、御殿のように、りっぱな大きい別荘べっそうを建てるようになります。
そなたもらるるとおり、この鎌倉かまくらもうすところは、幾度いくどとなくはげしい合戦かっせんちまたとなり、ときにはこの銀杏いちょうしたで、御神前ごしんぜんをもはばからぬ一人ひとり無法者むほうものが、とき将軍しょうぐんたいして刃傷沙汰にんじょうさたおよんだこともある……。
示現じげん最初さいしょ将軍しょうぐん
やがて八門の陣をシックリとんで、あたかも将軍しょうぐん寝間ねまをまもる衛兵えいへいのように、三十六人が屹然きつぜんとわかれて立った。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この京都きょうとまち一目ひとめ見晴みはらすたかい山の上のおはかめられている人は、坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろというむかし名高なだか将軍しょうぐんです。
田村将軍 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
徳川家とくがわけのものがずっと将軍しょうぐんをついでいる日本にっぽんとくらべて、なんというちがいでしょう。
それは義家よしいえ鎮守府ちんじゅふ将軍しょうぐんになって奥州おうしゅうくだってりますと、清原真衡きよはらのさねひら家衡いえひらというあらえびすの兄弟きょうだい内輪うちわけんかからはじまって、しまいには、家衡いえひらがおじの武衡たけひらかたらって
八幡太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
田村麻呂たむらまろはそののち鈴鹿山すずかやまおに退治たいじしたり、藤原仲成ふじわらのなかなりというものの謀反むほんたいらげたり、いろいろの手柄てがらてて、日本一にほんいち将軍しょうぐんとあがめられましたが、五十四のとし病気びょうきくなりました。
田村将軍 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)