大銀杏おおいちょう)” の例文
すると、突如、大銀杏おおいちょうの木蔭から、竹ノ子笠を眉深まぶかに、身には半蓑はんみのをまとった武士が、つばめのごとく、公卿の傘へ、体当りにぶつかッて逃げた——。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
筋向うの屋敷内に高くそびえている大銀杏おおいちょうの葉の時どき落ちる音が寂しくきこえるばかりで、夜露のおりたらしい往来には人の足音も響かなかった。
有喜世新聞の話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その金ピカの奴が、向うの大銀杏おおいちょうの根元の空ろの中へ這入って行くのを見た。賊はそこから大仏の真下まで十間程トンネルを掘りさえすればよかったのだ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
じいさま、あの大銀杏おおいちょうならばわたくし生前せいぜんによくぞんじてります。うぞこれからあそこへおくださいませ……。一その大銀杏おおいちょうせいもうすのにってうございます。
柳原やなぎはら土手どてひだりれて、駕籠かごはやがて三河町かわちょうの、大銀杏おおいちょうしたへとしかかっていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
躍然やくぜんとしてもたげたるそのうすの如きこうべのみ坂の上り尽くる処雲の如き大銀杏おおいちょうこずえとならびて、見るがうちに、またただ七色の道路のみ、獅子の背のみながめられて、蜈蚣むかでは眼界を去り候。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
大銀杏おおいちょうの葉の落ち尽した墓地は不相変あいかわらずきょうもひっそりしていた。幅の広い中央の砂利道にも墓参りの人さえ見えなかった。僕はK君の先に立ったまま、右側の小みちへ曲って行った。
年末の一日 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が、そういう一団を、遠景のように向こうに眺めて、こんな林には珍らしい、大銀杏おおいちょうの木の根もとの辺りに、小次郎と浮藻とを前に据え、鬼火の姥と範覚とが、黙然として立っていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小石川久堅町こいしかわひさかたまちなる光円寺こうえんじ大銀杏おおいちょう、また麻布善福寺あざぶぜんぷくじにある親鸞上人しんらんしょうにん手植てうえの銀杏と称せられるものの如き、いずれも数百年の老樹である。浅草観音堂あさくさかんのんどうのほとりにも名高い銀杏の樹は二株ふたかぶもある。
佐久間町の大銀杏おおいちょうが長屋をかすめてほうきのように見える。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
喜平は強情に主張するので、銀蔵は渋々ながら附き合っていると、雨はさのみ強く降らないで、やがて大銀杏おおいちょうのこずえに月がぼんやりと顔を出した。
半七捕物帳:43 柳原堤の女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たとえばあの鎌倉かまくら八幡宮はちまんぐう社頭しゃとう大銀杏おおいちょうせい——あれなどはよほど老成ろうせいなものじゃ……。
この七の日は、番町の大銀杏おおいちょうとともに名高い、二七の不動尊の縁日で、月六斎。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
現に残っている大銀杏おおいちょうも江東小学校の運動場の隅に——というよりも附属幼稚園の運動場の隅に枝をのばしていた。当時の小学校の校長の震災の為に死んだことは前にも書いた通りである。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「あそこに、大銀杏おおいちょうが見えるだろう」と、していった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二年あまりも墓地の大銀杏おおいちょうの根もとに埋めて置きまして、夢枕云々うんぬんと申し触らして掘り出すことに致しました。
半七捕物帳:66 地蔵は踊る (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
御堂みどう横からはすの池へ廻る広場ひろっぱ大銀杏おおいちょうの根方にむしろを敷いて、すととん、すととん、と太鼓をたたいて、猿を踊らしていた小僧を、御寮人お珊の方、扇子を半開はんびらきか何かで、こう反身で見ると
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
風呂の中で歌祭文うたざいもんうたっているかかあたばね、上がり場で手拭てぬぐいをしぼっているちょん髷本多まげほんだ文身ほりものの背中を流させている丸額まるびたい大銀杏おおいちょう、さっきから顔ばかり洗っている由兵衛奴よしべえやっこ水槽みずぶねの前に腰をえて
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「……ああ、この大銀杏おおいちょうも、焦げてしまった」
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
筋むこうの屋敷内に高く聳えている大銀杏おおいちょうの葉の時々落ちる音が寂しく聞こえるばかりで、夜露のおりたらしい往来には人の足音も響かなかった。今夜にかぎってお銀はひどく寂しい。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
挑戦は勿論一つではなかった。或時はお竹倉の大溝おおどぶさおも使わずに飛ぶことだった。或時は回向院えこういん大銀杏おおいちょう梯子はしごもかけずに登ることだった。或時は又彼等の一人と殴り合いの喧嘩けんかをすることだった。
大銀杏おおいちょうの前を降りながら、安兵衛がたずねた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)