地味じみ)” の例文
切髪の女は小さい白扇はくせんをしずかに畳んで胸に差した——地味じみな色合——帯も水色をふくんだ鼠色で、しょいあげの色彩も目立たない。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
丸髷まるまげに結ったり教師らしい地味じみな束髪に上げたりしている四人の学校友だちも、今は葉子とはかけ隔たった境界きょうがいの言葉づかいをして
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
手前共は、地味じみな商売でございまして、わたくしがまだおもに働いて居りますところから、これくらいの人数で、十分やっていけますので。
彼等は、飛行機の飛んでくるお祭りさわぎの防空演習は、大好きだったが、防毒演習とか、避難演習のように、地味じみなことは、嫌いだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「フランソワ・ヴィヨンによる三つの譚歌たんか」は晩年の作で同じく光沢を消した地味じみなものだ。パンゼラの歌ったのがある(ビクターJF六七)。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
勝山髷かつやままげ裲襠しかけというような派手はでなことをしなかった、素人風しろうとふう地味じみ扮装いでたちでいたから、女によっては、それのうつりが非常によく、白ゆもじの年増としま
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
派手はでとは葉が外へ出るのである。「葉出」の義である。地味じみとは根が地を味わうのである。「地の味」の義である。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
中には眼のめるように派出はでな模様の着物を着ているものもあったが、大抵は素人しろうとに近い地味じみ服装なりで、こっそり来てこっそり出て行くのが多かった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
どちらもくちの重い、地味じみな風体で、言葉にこそは出さないが、踊るような足どりにも、ほどなく生れ故郷の土を踏む、やるせないほどのよろこびが感じられる。
ボニン島物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
もっとも後は向いたと云う条、地味じみ銘仙めいせんの羽織の肩には、くずれかかった前髪まえがみのはずれに、蒼白い横顔が少し見える。勿論肉の薄い耳に、ほんのり光がいたのも見える。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
形が地味じみで、心の気高い、本も少しは読むという娘はないかと思ってみても、あいにくそういう向きの女子は一人もない。どれもどれも平凡きわまった女子ばかりである。
安井夫人 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ところが、それはあべこべで、地味じみな普段着も何も焼いてしまって、こんな十六、七の頃に着た着物しか残っていないので、仕方なく着ているのだわ。お金だって、そのとおり、同じことよ。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「でも幽香子さんは先生を望んでいませんわ、地味じみだからいやですって」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それは色のくすんだ、縞目しまめもわからないような地味じみなものであった。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「うん。地味じみもひどくよくはないが、またひどく悪くもないな。」
狼森と笊森、盗森 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
清元きよもとと踊りで売っていた姉娘おあさ地味じみな客がついた。丁度年期があいたあとだったので、彼女は地味にひいてしまった。
葉子は地味じみ他行衣よそいき寝衣ねまきを着かえて二階を降りた。朝食は食べる気がなかった。妹たちの顔を見るのも気づまりだった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
茶の勝った節糸ふしいとあわせは存外地味じみな代りに、長く明けたそでうしろから紅絹もみの裏が婀娜あだな色を一筋ひとすじなまめかす。帯に代赭たいしゃ古代模様こだいもようが見える。織物の名は分らぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
山崎は前夜の通り、無腰むこしのまま地味じみ藍縞あいじまの商人ていで平間の前へ無造作むぞうさに坐り
従来寺院のものであった聖譚曲——聖書の中の事蹟じせきを音楽として、背景も扮装ふんそうも用いずに、地味じみ抹香臭まっこうくさく歌われた「聖譚曲」を、社会とお宗旨関係者の反対を押し切って劇場に持ち来り
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
といいながら、地味じみ風通ふうつう単衣物ひとえものの中にかくれたはなやかな襦袢じゅばんそでをひらめかして、右手を力なげに前に出した。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
お兼さんはちょっと見ると、派出好はでずきの女らしいが、それはむしろ色白な顔立や様子がそう思わせるので、性質からいうと普通の東京ものよりずっと地味じみであった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
第一は大菩薩峠の頂で猿と闘った時の笈摺おいずるの姿、第二は神尾の邸に侍女こしもとをしていた時の御守殿風ごしゅでんふう、第三はすなわち今、太夫ほどに派手はででなく、芸子げいこほどに地味じみでもない、華奢きゃしゃを好む京大阪の商家には
有り合わせのものの中からできるだけ地味じみな一そろいを選んでそれを着ると葉子はすぐ越後屋えちごやに車を走らせた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しかも若い女が多数をめていた。それがまた普通の令嬢や細君と違って、色香いろかを命とする綺麗きれいな人ばかりなので、その中にまじるこの母は、ただでさえくすぶり過ぎて地味じみなのである。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
仕方がないので、しまいには健三の置いて行った地味じみな男物を縫い直して身にまとった。同時に蒲団ふとんからは綿が出た。夜具は裂けた。それでもそばに見ている父はどうして遣る訳にも行かなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)