)” の例文
信州の何とか云う人が作ったと、聞いた時から、俺の事だ俺の身の上をんだのだと、馬鹿相応そうおうの一つおぼえで、ツイ口に出たのでござんす。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
驚くことのあらんとすらんとおみになった心をけて、数ならぬ私共もまた、何物にか驚かされたいと常に念じている次第でございます。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
黒犬の絵にさんしてんだ句である。闇夜やみよに吠える黒犬は、自分が吠えているのか、闇夜の宇宙が吠えているのか、主客の認識実体が解らない。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
猫は額を射られて、後ろ足で衝立つゝたち上つて、二三度きりきり舞をしてゐたが、その儘ばたりとたふれて、辞世も何もまないで死んでしまつた。
「憐れでしょうか。私ならあんな歌はみませんね。第一、淵川ふちかわへ身を投げるなんて、つまらないじゃありませんか」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「つるぎ大刀いよよ研ぐべし古へゆ佐夜気久於比弖サヤケクオヒテ来にしその名ぞ」(同・四四六七)の二首は、大伴家持の連作で、二つとも「名」をんでいるのだが
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「大名の為には俳諧をせぬという尊公に是非一句んでもらいたかった悪戯じゃ、許せ」
其角と山賊と殿様 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「この沢田さんは、やはりお前さんの父親おとっさんのように、国学や神道の御話が好きで……父親さんが生きてる時分には、よく沢田さんの御宅へ伺っては、歌なぞをんだものだぞや」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
客 しかし昔のさむらひなどは横腹をやりに貫かれながら、辞世じせいの歌をんでゐるからね。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
橋場といふ地名は往時むかし隅田川に架したる大なる橋ありければ呼びならはしたりとぞ。石浜といへるは西岸の此辺ここをさしていへるなるべし。むかし業平の都鳥の歌をみしも此地ここのあたりならんといふ。
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「ほなた、この秋の夜のおもむきを歌にんれ御覧。………」
みました、私も退窟で堪らぬから
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂楢崎竜川田雪山(著)
都々逸どどいつんだものに
時が来ると、田螺たにしも鳴く事を知つてゐる連歌師は、目つかちの殿様が歌をむといつても格別不思議には思はなかつた。
茫々ぼうぼうたる薄墨色うすずみいろの世界を、幾条いくじょう銀箭ぎんせんななめに走るなかを、ひたぶるに濡れて行くわれを、われならぬ人の姿と思えば、詩にもなる、句にもまれる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はその時のことを「かなしかる初代ぽん太も古妻ふりづまの舞ふ行く春のよるのともしび」という一首にんだ。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「そうじゃ、親父は頑固な人間に似合わず風流であった、詩も作れば歌もむ」
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
幾たびも戦場へ出て功名手柄をたてたが、朝鮮の役で病気になり、二十九歳で亡くなった、そのとき貞山(政宗)さまはたいそう悲しまれて、追悼のため和歌六首をまれたということだ
故にそのリリシズムを理解しない限りにおいて、百千の句はことごとく皆凡句であり、それを理解する限りにおいて、彼のすべての句は皆いのである。例えば小督局こごうのつぼねの廃跡を訪うてんだという句
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
殿様と家老と連歌師と、各自めい/\の境遇が思はれるやうな三人三様のふうは面白かつたが、それよりも面白いのは、その日少しも時鳥が啼かなかつた事だ。
子規は死ぬ時に糸瓜へちまの句をんで死んだ男である。だから世人は子規の忌日を糸瓜忌と称え、子規自身の事を糸瓜仏となづけて居る。余が十余年前子規と共に俳句を作った時に
心なき身にもあはれは知られけり……と、その昔西行法師が歌をんだ処だというが、ちょうどそこの処で、うしろから駕籠が二ちょう、こっちを追い越して停ると、中から男が二人現われて
秋の駕籠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
明月や座頭ざとうの妻の泣く夜かな、といにしえの人がみましたそうでございますが、人様の世にこそ月、雪、花の差別はあれ、私共にとりましては、この世が一味平等の無明むみょうの世界なのでございます。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、冬日だまりに散らばう廃跡の侘しさをむのであった。「侘び」とは蕪村の詩境において、寂しく霜枯しもがれた心の底に、楽しく暖かい炉辺の家郷——母の懐袍ふところ——を恋いするこの詩情であった。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
これは数日前に居なくなつた犬のことを気にしてんだ歌である。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
この人はくから書をかいたり、詩をんだりして居たさうだが、ほかの方面にも相応かなり早熟だつたものと見える。
死去の広告中に、私の名前を使って差支さしつかえないかと電話で問い合された事などもまだ覚えている。私は病院で「ある程の菊投げ入れよかんの中」という手向たむけの句を楠緒さんのためにんだ。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「してみると、その歌もその時代にまれたものであろう」
したゝめてあつた。武蔵も少しは歌をんだ男だけに、ちんちろりんのやうな顔に涙を流して不憫がつた。
と云う歌をんで、淵川ふちかわへ身を投げててました
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
幽斎が頓才があつて、歌のくちなどが洒落てゐて、おまけに早かつたことは、かなり名高い話である。ある時、わが子の三斎と連れ立つて烏丸家を訪ねたことがあつた。
器用な言葉の洒落 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
幽斎が頓才があつて、歌のくちなどが洒落てゐて、おまけに早かつたことは、かなり名高い話である。ある時、わが子の三斎と連れ立つて烏丸家を訪ねたことがあつた。
蟋蟀こほろぎや蛙のやうな労働者まで歌をむ世の中に、美しい小間使が歌を咏むでならないといふ法はない。二人のお客が帰つたその晩、小間使は久しぶりに師匠あてに長々と手紙を書いた。
この句は春挙氏が自分の人生観全部を缶詰にする積りでんだ句なのだ。
あれは賭博ばくちや編物と同じやうに、外に何も仕事のない時にするほんの閑潰ひまつぶしで、歌をむとか、くとか、そんな結構な仕事を知つてゐる人達にとつては、結婚なぞ成るべくしない方がいい。