千曲川ちくまがわ)” の例文
こういう谷が松林の多いがけはさんで、古城の附近に幾つとなく有る。それが千曲川ちくまがわの方へ落ちるに随って余程深いものと成っている。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
園内の渓谷けいこくに渡したり橋を渡って行くとき向こうから来た浴衣姿ゆかたすがたの青年の片手にさげていたのも、どうもやはり「千曲川ちくまがわのスケッチ」らしい。
あひると猿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
島崎藤村しまざきとうそん氏の名詩「千曲川ちくまがわ旅情の歌」と、どこか共通した詩情であって、もっと感覚的の要素を多分に持っている。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
彼女を育てた老婆のおしもを、彼女は母だと思っていた。千曲川ちくまがわの岸の篠井しののいの里で、母だと信じて老婆のお霜に彼女は忠実まめまめしく仕えて来た。二人の生活くらしは貧しかった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
みんな花火にしてしまったという、千曲川ちくまがわほとりで聞いた、威勢のいい初秋の夜ばなしなので……。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とつぜんぴしぴしと跳ねあがるのもあって、千曲川ちくまがわのみずの匂いが面をうつような感じだった
日本婦道記:糸車 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
温泉に浴して汗を流し、鯉汁こいこくのお代りをして飯八椀を平らぐ。翌朝まで何事も知らずに眠る。次の日は千曲川ちくまがわの船橋を渡り、妙高山みょうこうざん黒姫山くろひめやまの麓を迂回して越後国えちごのくに高田にづ。
月を待つのおとぎにとて、その坊さんが話すのですが、薗原山そのはらやま木賊刈とくさがり伏屋里ふせやのさと箒木ははきぎ、更科山の老桂ふるかつら千曲川ちくまがわ細石さざれいし、姨捨山の姥石うばのいしなぞッて、標題みだしばかりでも、妙にあわれに
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼等夫妻は千曲川ちくまがわほとりに家をもち、養鶏ようけいなどやって居た。而して去年きょねんの秋の暮、胃病いびょうとやらで服薬して居たが、ある日医師が誤った投薬の為に、彼女は非常の苦痛をして死んだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そこである日、奥さん、お嬢さん、それに女中まで伴って、四人で汽車に乗り、小さな軽便に乗り換え、それからまた乗合に揺られて、その千曲川ちくまがわ上流の或小さな町まで行き着いてみると
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
同行三人のものは、塩尻しおじり下諏訪しもすわから和田峠を越え、千曲川ちくまがわを渡って、木曾街道と善光寺道との交叉点こうさてんにあたるその高原地の上へ出た。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「俺の体を、役立てる仕事は、千曲川ちくまがわのお刑置場しおきばへ坐るほかに、たしかに、もっとしていい事があった。——七十両は、どうせ今に、路頭に迷う父娘へ涙金をくれたと思え」
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
絶壁の幕のかなたに八月の日光に照らされた千曲川ちくまがわ沿岸の平野を見おろした景色には特有な美しさがある。「せみ鳴くや松のこずえに千曲川。」こんな句がひとりでにできた。
あひると猿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
やがて一行は木曾福島の関所を通り過ぎて下諏訪しもすわに到着し、そのうちの一部隊は和田峠を越え、千曲川ちくまがわを渡って、追分おいわけの宿にまで達した。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この真田伊賀守さなだいがのかみの領土では、繭糸一揆まゆいといっきだの、千曲川ちくまがわの運上騒動だの、また、領主がお庭焼の陶器にって、莫大な費用の出所を、百姓の苛税かぜいに求めたので起った須坂の瀬戸物せともの一揆だのと
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
石崖いしがけの上の端近く、一高の学生が一人あぐらをかいて上着を頭からすっぽりかぶって暑い日ざしをよけながら岩波文庫らしいものを読みふけっている。おそらく「千曲川ちくまがわのスケッチ」らしい。
あひると猿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
千曲川ちくまがわへの水泳のついでに、見に来る町の子供等もあった。中には塾の生徒も遊びに来ていて、先生方の方へ向って御辞儀した。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
場所は善光寺より四里、川中島から東南へのぼった千曲川ちくまがわ河畔かはん
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十二月の中旬からはもう天寒く、日の光も薄く、千曲川ちくまがわの流れも氷に閉ざされて、浅間のけぶりも隠れて見えなくなります。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
千曲川ちくまがわの川下を見てきたかわずと、川上を見てきたかわずとが小諸で落ち合いました。そしてたがいに見てきた地方のことで言い争いました。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
十一月の十八日には、浪士らは千曲川ちくまがわを渡って望月宿もちづきじゅくまで動いた。松本藩の人が姿を変えてひそかに探偵たんていに入り込んで来たとの報知しらせも伝わった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし七年間の小諸生活は私に取って一生忘れることの出来ないものだ。今でも私は千曲川ちくまがわの川上から川下までを生々いきいきと眼の前に見ることが出来る。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
千曲川ちくまがわのスケッチ」と題したのもその時であった。大正一年の冬、佐久良さくら書房から一巻として出版したが、それが小冊子にまとめてみた最初の時であった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
三吉はゆびさして見せた。「あそこにうっすらと灰紫色に見える山ねえ、あれが八つが岳だ。ずっと是方こっちに紅葉した山が有るだろう、あのがけの下を流れてるのが千曲川ちくまがわサ」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その内に、子守の群が叫びながら馳けて来て、言触らして歩きます。聞けば、千曲川ちくまがわへ身を投げた若い女の死骸しがいが引上げられて、今蕎麦屋の角までかつがれて来たとの話。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
松林の間を通して、深い谷の一部も下瞰みおろされる。そこから、谷底を流れる千曲川ちくまがわも見える。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この道について南へさして行くと、八つがたけ山脈のふもとへかけて南佐久の谷が眼前めのまえひらけております。千曲川ちくまがわはこの谷を流れる大河で、沿岸に住む人民の風俗方言も川下とは多少違うかと思われます。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
やなぎかえでうるしかばならあしなどの生い茂る千曲川ちくまがわ一帯の沿岸の風俗、人情、そこで呼吸する山気、眼に映る日光の色まで——すべて、そういうものの記憶を私は自分と一緒に山から運んで行こうとした。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)