げん)” の例文
和煦わくの作用ではない粛殺しゅくさつの運行である。げんたる天命に制せられて、無条件に生をけたる罪業ざいごうつぐなわんがために働らくのである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この、あやしい部下の心理を醸成じょうせいしたものは、万余の大軍はあっても、そこにげんたる統率がなかったという、ただ一事に尽きる。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
監守スル者六、七人。げんトシテ檻舎かんしゃノ如シ。家君ソノ中央ニ坐ス。左右ニ書巻数冊、夷然いぜんトシテ詩ヲ賦スルコト前日ニ異ラズ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
燕王えんおう今は燕王にあらず、げんとして九五きゅうごくらいに在り、明年をもって改めて永楽えいらく元年とさんとす。しこうして建文皇帝は如何いかん
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
のちにはらんで産むところの子、両牙長くい尾角ともに備わり、げんとして牛鬼のごとくであったので父母怒ってこれを殺し、銕のくしに刺して路傍にさらした。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
直ちに万人の心をピタリと打つ底の生ける魂がげんとして作品を支配しきる処迄行かなくては気がすまない。
考えていたよりも建築もげんとしており、明るい環境も荒い感じのうちに、厳粛の気をたたえており、気分のよさに、均平もしばらく立ち止まって四辺あたりを見廻していた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
腰かけていた上がり框、そこから立った貝十郎は、貴人に対する礼は崩さず、慇懃いんぎんに両手を膝に垂れながらも、げんとして冒されぬ役人の態度、声も冷徹森厳にいった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかるに見よ「わが法度のり」はげんとしてそこに立つ。神は「関及び門」をそこに設け給うてあやまらない。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
朝廷の名器、きて奇貨をなし、肥瘠ひそう量欠りょうけつして、価の重軽をなす。因って公卿将士、尽く門下に奔走す。估計夤縁こけいいんえんげんとして負販ふはんの如く、息を仰ぎ塵を望む、算数すべからず。
続黄梁 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
今のような構造をした頭脳を持っている限り、永久に「不可知の世界」がげんとして人間の上におおいかぶさっている。それに対して、人間は全く盲目であり、唖であり、白痴である。
既成宗教の外 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
私はこの落書めいた一ひらの文反故ふみほごにより、かれの、死ぬるきわまで一定職に就こう、就こうと五体に汗してあせっていたという動かせぬ、げんたる証拠に触れてしまったからである。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そのことは、風のたよりで、どこからともなく、早くも三河一円にげんとして勢威を保っている若き徳川家康の耳にも伝わってきた。家康も父の恩にむくいたい気持にそそられたものらしい。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
ハッキリと分ってしまった以上、自分にその責任が、げんとして存在しているのだ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
げんとして連つてゐる。だから何と言ふ必要はないのである。従つて評判の好いといふことが却つてその人の声価を落したり、罵評の多いと言ふことが、却つてその人を価値づけたりしてゐる。
解脱非解脱 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
……しかもその証拠はげんとして動かす事が出来ない。現在私の手中にある。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
として冬、川をわたるがごとく、ゆうとして四隣をおそるるがごとく、げんとしてそれ客のごとく、かんとしてこおりのまさにけんとするがごとく、とんとしてそれぼくのごとく、こうとしてそれ谷のごとく
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
その青藍色の湯池とうち蠱惑こわく的である。美しさの余り眩惑されて身を投じるものもないとは限らぬ。また十分の威厳を備えておる。百二十度の熱湯はげんとして人を近寄らしめない。まさに女王の感じである。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
げんとして王座を占むることは、何人なんぴとも疑わないところだろう。
しかもあくまで冷たるげんたる現実はまさしく現実である。
わが寄席青春録 (新字新仮名) / 正岡容(著)
いまのいままで、考えられもしなかったことが、げんとして事実を示し、早打状は、目に見るごとく、昨二日朝の本能寺の実状を急報している。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
げんとして存在しているから、この点において争うべからざる真であります。しかしながらこれが唯一ゆいいつの真であるかと云うのが問題なのであります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし時間に於て持続し、多数間に於て相同じき時は、牢として抜くべからず、げんとして動かすからざるものの如く見え、習慣的惰力を生ずるに至るのもまた争う可からざる事実である。
貧富幸不幸 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あれだけ傲岸ごうがんで黄金の万能を、主張していた男が、金で買えない物が、世の中にげんとして存在していることを、いさぎよく認めている。金では、人の心の愛情の断片かけらをさえ、買い得ないことを告白している。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ひいては、叔父おいという、骨肉のそれと、軍律の中の、総帥と部下との、げんたるものとを、感情にまかせて、混同していた大なる過誤の生んだものである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれらが熱しると、秀吉も熱し、主従だか友だちだか、わからない空気にもなるが、ひとたび、秀吉が、すこしげんとすれば、即座にみな、えりを正してしまう。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
挨拶として率爾そつじはないが、噛んでも味のない辞令じれい一片である。石川数正もそうだったが、総じてここの家中には一種特別な家風がげんとしてあるやに感じられる。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)