俯伏うつぶし)” の例文
今までは神経痛のために仰臥することが出来ずに、おほむね炬燵こたつ俯伏うつぶしになつてゐたのが、昨夜以来は全く仰臥の位置のままだといふことである。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
言いさま整然ちゃんとして坐り直る、怒気満面にあふれて男性の意気さかんに、また仰ぎ見ることが出来なかったのであろう、お雪は袖で顔をおおうて俯伏うつぶしになった。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
午餐ひるうちものからもどつてめしべた。ちつとはどうだとおふくろすゝめられても勘次かんじたゞ俯伏うつぶしつてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ぞつとして彼は俯伏うつぶしになつた。そして蒲団を頭から被つた。動悸が激しくし出して、冷い汗さへ肌ににじんだ。彼は死の怖しさよりも今夜の今が怖しくなつた。
逆徒 (新字旧仮名) / 平出修(著)
フロルスは寝台の上に、うなじを反らせて、真つ黒になつた顔をして動かずにゐる。ルカスは今離れたばかりと見える寝台に、又駆け寄つて、無言で俯伏うつぶしになつた。
貴婦人は曲馬団の女のつける様な、ギラギラとうろこみたいに光る衣裳をつけ、俯伏うつぶしの品川四郎の背中へ馬乗りになっていた。馬は勿論着物を、…………………………。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ところへ永禪は逃げられては溜らぬと思いましたから、土間へ駈下かけおりて、うしろから一刀婆に浴せかけ、横倒れになる処を踏掛ふみかゝってとゞめを刺したが、お梅は畳の上へ俯伏うつぶしになって
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
女湯の白いタイル張りの床の上に、年の若い婦人の屍骸しがい俯伏うつぶしに倒れていたのだ。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
先生は俯伏うつぶしかほきはどく畳からげて、三四郎を見たが、にやりとわらひながら
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
しかし前の方が牽きすぎて、山の上から顔に白い毛のある一つ振り落され、その時早く水面にも落ちず、海辺に俯伏うつぶしになって、自分のくちびるを打った。女媧は可哀想に思ったがそのままにしといた。
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
引出ひきいだし調べられしに瀬川せがはが申立し人相并に疵所等迄きずしよとうまで相違なき故大岡殿どの曲者にむかはれ其方ども上野うへの中堂のえんの下に隱住かくれすむ事何故なるや有體ありていに申立よと有に兩人共一言の返答へんたふも出來がたき有樣にて俯伏うつぶしるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
こすっては消し擦っては消し、ようようけたる提灯の燈明あかりてらせば、煉瓦れんがの塀と土蔵の壁との間なる細き小路に、やつれたる婦人俯伏うつぶしになりて脾腹ひばらおさ
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何とののしられても、哀れな鶴子は、俯伏うつぶしたまま石の様に動かなかった。余りの打撃に思考力を失い、あらゆる神経が麻痺して、身動きをする力もないかと見えた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
同時に内に入らんとせし、謙三郎は敷居につまずき、土間に両手をつきざまに俯伏うつぶしになりて起きも上らず。お通はあたかも狂気のごとく、謙三郎に取縋とりすがりて
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その胴体が俯伏うつぶしになって、観念したものの様に、じっと動かないでいた。艶々つやつやとして恰好のいい身体だ。秋の初めではあるが、こう丸裸にされてはたまらないだろうと、痛々しかった。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
八蔵ぬっとつら差出し、こぶしに婦人をつかむ真似して、「汝、これだぞ、とめつくれば、連理引きに引かれたらむように、婦人は跳ね起きて打戦うちおののき、諸袖もろそでに顔を隠し、俯伏うつぶしになりて、「あれえ。」
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)