亀裂きれつ)” の例文
旧字:龜裂
螺旋形らせんがたの階段は一階から屋根下まですっかり亀裂きれつして、こわれた貝殻の内部のような観を呈している。階段は二連になっている。
あとで気がついたのであるが、自分の足元から一尺と離れないところに幅二寸ほどの亀裂きれつができて、その口から代赭色たいしゃいろの泥水を
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
尊氏と直義との和解を、ひろく世間に知らせる意味と、大きな亀裂きれつを表面化した武士どもの心をけ合せようという目的もこれにはあった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まず、目についたのは、恐ろしいアスファルト路面の亀裂きれつだ。落ちこめば、まず腰のあたりまではまってしまうであろう。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私の家も壁に亀裂きれつが出来たぐらいで、殆どこれと云う損害もなしに済んだのは、全く何が仕合わせになるか分りません。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
遠い遠い昔のこと、もちろん人間などまだ地球上に現れなかった時代、おそらく数千万年もの大昔に、太平洋の深海の底に、大きい亀裂きれつがはいった。
黒い月の世界 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
あたかも春の雨のように、音楽の奔流は冬に亀裂きれつしたこの地面中に吸い込まれていた。恥辱も悲痛も憂苦も、今ではその神秘な使命を現わしていた。
かなり以前から多少亀裂きれつでもはいって弱点のあったのが地震のために一度に片付いてしまったのであるらしい。
断水の日 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
木蔭こかげの少ない町中は瓦屋根にキラキラと残暑が光って亀裂きれつの出来た往来は通り魔のした後のように時々一人として行人の影を止めないで森閑としてしまう。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
が、あの大地震のような凶変きょうへんが起って、一切の社会的束縛が地上から姿を隠した時、どうしてそれと共に私の道徳感情も亀裂きれつを生じなかったと申せましょう。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
見渡す限り霜白く墨より黒き水面にはげしきあわの吹き出ずるは老夫の沈めるところと覚しく、薄氷は亀裂きれつしおれり。
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寺でも経堂その他の壁は落ち、土蔵にもエミ(亀裂きれつ)を生じたが、おかげで一人ひとり怪我けがもなくて済んだと書いてある。本陣の主人へもよろしくと書いてある。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
月はいま、その建物の屋根から電光形に土台までのびていると前に言った、以前はほとんど眼につかぬくらいだったあの亀裂きれつをとおして、ぎらぎらと輝いているのであった。
根元のところから始った亀裂きれつが、布を裂くような音を立てながら、眼にもとまらぬ早さで電光いなずま形に上のほうへ走りあがってゆき、大巾おおはばな岩側が自重じじゅうで岩膚から剥離はくりしはじめた。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
父と兄との間にはもう大きな亀裂きれつが入っていて、いつも以上に不機嫌になっていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
亀裂きれつした肉のあいだからしろい光りだけを移動させ
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
客観的には、彼の知性というものが、いまほど危ない亀裂きれつを呈したためしはあるまいと思われるのに、彼自身には、その正反対が信じられていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その二つの穹窿きゅうりゅう、ことに新しい方の一七四〇年のは、囲繞溝渠いじょうこうきょ漆喰工事しっくいこうじよりもいっそう亀裂きれつや崩壊がはなはだしかった。
「このダムの設計は、はなはだまずいね。このへんにちょっと亀裂きれつでもはいろうものなら、ダム全体がたちまちくずれてしまう。あぶない、あぶない」
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
各局部で亀裂きれつし死滅しまたよみがえる全存在のこの恐るべき危機を、あたかも、信仰も思想も行為も全生命もすべてが
多稜形たりょうけいをした外面が黒く緻密ちみつな岩はだを示して、それに深い亀裂きれつの入った麺麭殻ブレッドクラスト型の火山弾もある。
小浅間 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そうして、それとほとんど同時に、第二の私は丁度硝子ガラス亀裂きれつの入るような早さで、見る間に私の眼界から消え去ってしまいました。私は、夢遊病患者ソムナンビュウルのように、茫然として妻に近づきました。
二つの手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その管は当時既にはなはだしく亀裂きれつや割れ目がはいっていて、その後くずれ落ちてしまったが、今日でもなお跡が見えている。それはごく狭い管だった。
とるにたらぬ噂とは思うていたが、将と将とのあいだに、もし、さような反目はんもくがあるとせば、これは三軍の亀裂きれつ、ゆゆしいひがごとだ。案じられぬわけにゆかん。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
煉瓦と煉瓦をつなぐモルタルは、ところどころすごく亀裂きれつが走っているが、いかにも廃屋らしく見える。
千早館の迷路 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ルイザはその時、晩の祈祷きとうからもどって来たところだった。窓の隅の例の好きな場所にすわっていた。正面の家の亀裂きれつのあるよごれた白壁が、ながめをさえぎっていた。
次には熱い茶わんの湯の表面を日光にすかして見ると、湯の面ににじの色のついた霧のようなものが一皮かぶさっており、それがちょうど亀裂きれつのように縦横に破れて、そこだけが透明に見えます。
茶わんの湯 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
とびら、鉄門、ひさしかまち、こわれた火鉢ひばち亀裂きれつしたなべ、すべてを与え、すべてを投げ込み、すべてを押し入れころがし掘り返し破壊しくつがえし打ち砕いたのである。
このゆるやかな傾斜のくぼと見えていたのは、太古の大地震のときにでも亀裂きれつしていたかのような長い断層であって、その数里にわたる上へ板を敷きつめ土をかぶせ
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
太陽とともに彩っている。色彩の音楽。すべてが音楽であり、すべてが歌っている。金色の亀裂きれつのある真赤まっかな往来の壁面、上方には縮れっ毛の二本の糸杉、周囲には紺碧こんぺきの空。
倒れそうな石垣いしがきやくずれそうながけ、病菌や害虫を培養する水たまりやごみため、亀裂きれつが入りかかって地震があり次第断水を起こすような水道溝渠すいどうこうきょ、こわれて役に立たぬ自働電話や危険な電線工事
一つの思考実験 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そういう世代が作った危険な社会地盤の下には、当然、もっと大きな亀裂きれつを知らぬまに作っていた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女は四十歳近くなっていた。生活力が乱されて平衡を求める年齢だった。彼女の思想のうちには大なる亀裂きれつが生じた。しばらくの間、彼らは二人とも生存の理由をすべて失った。
でその片すみに立ったまま、陰鬱いんうつに病みこわれ、絶えず酔っ払いの馬方どもがよごしてゆく朽ちた板囲いがあり、腹部には縦横に亀裂きれつができ、尾には木の軸が見え、長い草が足の間にははえていた。
もしこのあいだに、傍らの竹中半兵衛が、くすくす笑ってくれなかったら主客のあいだに、ぴんと亀裂きれつが入ったまま、救い難い空気となってしまったかも知れなかった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恐るべき黴菌ばいきんが内部に満ちあふれていた時代、恐ろしい響きのかすかに鳴り渡るのが足下に聞こえていた時代、土竜もぐらが穴を掘るような高まりが文明の表面に見えていた時代、地面が亀裂きれつしていた時代
大きなうつろを味方にまねき、ひいては、他日の結束にも亀裂きれつを生じまいものではない。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
トム公は、木靴のさきで、卵のからの両端をコツコツたたいた。歩きながら、小さな穴を開けようとして、ていねいに、殻の亀裂きれつをむしッている彼の姿は、いかにも無邪気なマドロスである。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)