三界さんがい)” の例文
古来伝うるところの偈文げもんには、「迷うがゆえに三界さんがい常あり、悟るがゆえに十方空なり。本来東西なし、いずれの所にか南北あらん」
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
「一人でね。でも、いゝわね。男のひとは、何とか、落ちつくさきがみつかるもンだけど、女つてものは、三界さんがいに家なしだから」
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
……その三界さんがい無縁の一匹の蛆虫が、コンナにまでも戦慄し、驚愕して、云い知れぬ良心の呵責をさえ受けている原因はどこに在るのだろう。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
自分はいくらおさださんが母のお気に入りだって、そのために彼女がわざわざ大阪三界さんがいまで出て来るはずがないと思った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この場合わが身一つの外に、三界さんがい首枷くびかせというもののないことは、誠にこの上もない幸福だと思わなければならない。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かず椽先の飛石に投げうつて昔に返る微塵みじん、宿業全く終りて永く三界さんがい輪廻りんねを免れんには。汝もし霊あらば庭下駄の片足を穿うがちてく西に帰れ。
土達磨を毀つ辞 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「君。廢語があるんなら、復活語もありさうなもんぢやないか」「もちろん、ありますとも」「たとへば?」「たとへばですね。——子は三界さんがいくびかせ
折々の記 (旧字旧仮名) / 吉川英治(著)
三界さんがいに焼ける火、王宮といえども逃れられはしませんぞ。十善の帝位に誇られる身であっても、黄泉の国に行かれてから、牛頭馬ごずめの責を免れられぬのですぞ
葉子がもし木村であったら、どうしておめおめ米国三界さんがいにい続けて、遠くから葉子の心を翻す手段を講ずるようなのんきなまねがして済ましていられよう。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
わしたちがもしことを起こさなかったらだれかがきっと起こしたろう。われわれはただ選ばれたのにすぎない。三界さんがいをさまようている怨霊おんりょうにつかれたのにすぎない。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
私は杣口そまぐちの母の実家に帰って来た。けれど、父の家が私の家でなかったように、ここもまた私の真の家ではなかった。私は三界さんがいに家なきあわれな居候いそうろうにすぎなかった。
お土産も前日にまさる多額のもので、土塀のあるじはただもう雲中を歩む思いで烏帽子を置き忘れて帰宅し、娘を呼んで、女三界さんがいに家なし、ここはお前の家ではない
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
悠々として倫敦ロンドン三界さんがいから欧羅巴ヨーロッパの目抜きを横行して、維納ウィンナの月をながめて帰ることができました。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
どこと云って三界さんがい宿なし、一泊御報謝に預る気で参ったわけで。なかなか家つきの幽霊、たたり物怪もののけを済度しようなどという道徳思いも寄らず。実は入道さえ持ちません。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三界さんがいまで一緒に連れ立って来て、弟に苦労さするが兄の手柄か、少しは御分別なされませ
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何しろアメリカ三界さんがいを渡り歩いていろいろなことをして来た人間です。御承知の如く手蔓てづるを求めて何処どこの家庭へでもずるずるべったりに入り込むことには妙を得ている男です。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ドッカとして飛散りし花をひねりつ微笑びしょうせるを、寸善尺魔すんぜんしゃくま三界さんがい猶如ゆうにょ火宅かたくや。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
音無おとなしく、彼奴、麻布の狸穴に引っ込んでればよかったんだ。——何もこんな小梅三界さんがいへ這出して来るこたァなかったんだ。——こんなとこへのこ/\這出して来たりゃこそ畢竟ひっきょうそんなことにもなったんだ。」
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
小笠原三界さんがい出でてはるばると帰りつきたりこの戸ひらかせ
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
悲願の尊者、諸菩薩しよぼさつよ、ただ三界さんがい流浪るらうする
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
三界さんがいかけての、素間抜け野郎でさあ
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「迷故三界常、悟故十方空、本来無東西、奈所有南北。」(迷うはもとより三界さんがいの常、悟るはもとより十方空。本来東西なし、いかなる所、南北ある)
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
したもので、各大学の法医学部と、私の持っている参考書の著者に五百部だけ贈呈したものなんだが、それがどうして亜米利加アメリカ三界さんがいまで行ったんだろう
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ことわざに女は三界さんがいに家なしと申しまして、この世に女の立てた家はございません、本来、女人にょにんというものは、物を使いつぶすように出来ている身でございまして、物を守って
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
僕だって朝鮮三界さんがいまで駈落のお供をしてくれるような、じつのある女があれば、こんな変な人間にならないで、すんだかも知れませんよ。実を云うと、僕には細君がないばかりじゃないんです。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
悪魔よ来たれ。わしは汝に今こそ親しく呼びかけるぞ。わしは三界さんがい怨霊おんりょうというもののできる理由を今こそ知った。わしのごとくぐうせられて死んだものの霊が、怨霊おんりょうにならずして何になるのだ。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
三界さんがいに家なしといふ女子をみなごを突きいだしたりまた見ざる
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
三界さんがい・ふぶき月夜づくよ
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仏語に「迷うがゆえに三界さんがい常あり、悟るがゆえに十方空なり。本来東西なし。いずれの所にか南北あらん」とあるは、鬼門の迷信を諭すに最も適切の偈文げもんであると思う。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
小笠原三界さんがいに来て現身うつしみやいよいよ痩せぬいひめども
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)