“かんしん”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
感心74.3%
韓信6.8%
奸臣6.3%
歓心2.1%
甘心2.1%
姦臣1.6%
寒心1.6%
観真0.5%
関心0.5%
驩心0.5%
勧心0.5%
宦臣0.5%
漢晋0.5%
漢津0.5%
諫臣0.5%
貫心0.5%
間真0.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
『矢張(やは)り歴史(れきし)に名高(なだか)い御方(おかた)だけのことがある。』私(わたくし)は心(こころ)の中(なか)で独(ひと)りそう感心(かんしん)しながら、誘(さそ)わるるままに岩屋(いわや)の奥深(おくふか)く進(すす)み入(い)りました。
この素裸(すはだか)なクーリーの体格を眺めたとき、余はふと漢楚軍談(かんそぐんだん)を思い出した。昔韓信(かんしん)に股を潜(くぐ)らした豪傑はきっとこんな連中に違いない。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
理由は、刺殺された四人は殿さまに放蕩(ほうとう)をすすめ、それがもとで御逼塞という大事にいたらしめた奸臣(かんしん)だから、というのである。殿を誤らせた奸物。
勝平は、先刻(さっき)から全力を尽くして、瑠璃子の歓心(かんしん)を買おうとしていた。彼は、急に思い出したように
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
わしは、わしがされた通りを、彼等にして返さねばならぬのだから、それには彼等の甘心(かんしん)を得て、無二の親友となることが何よりも必要であった。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
漢室の衰兆(すいちょう)、蔽(おお)いがたしと見るや、姦臣(かんしん)輩出(はいしゅつ)、内外をみだし、主上はついに、洛陽を捨て、長安をのがれ給い、玉車に塵(ちり)をこうむること二度、しかもわれら、草莽(そうもう)の微臣どもは、憂えども力及ばず
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
違警罪(いけいざい)者街上に充ち、転(うた)た寒心(かんしん)すべきこと多かりし。
東京市騒擾中の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
その夜——凍りつく筆毛(ふでげ)を走らせて、彼は、粟田口(あわたぐち)の草庵にいる養父(ちち)の範綱——今ではその俗名を捨てて観真(かんしん)とよぶ養父へ宛てて、書くにも辛い手紙を書き、あくる朝
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つらつら感じることのあったとみえて範綱は、ふたたび世間へ帰ろうとはせず、髪を下ろして、院の裏にあたるわずかな藪地(やぶち)を拓(ひら)いて草庵をむすび、名も、観真(かんしん)とあらためていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まだ知らぬ胸の苦しみというものだ。人類の永遠性に対する関心(かんしん)が自認されてくるのだ。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
博雄は、芸術に対して、特別な感興(かんきょう)を持たぬらしい。音楽を熱愛(ねつあい)するとか、詩を作るとか、画を描くとかいう面に格別の関心(かんしん)をもっていない。つまりそれは散文的(さんぶんてき)であるといえる。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
サルジニア王彼を拝してその首相と為し、かつ彼が意に任せて憲法を制定せんことを許し、以て彼の驩心(かんしん)を得んと欲す。然(しか)れども彼れこれに応ぜざるなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
他は菱樽(ひしだる)十担(たん)問屋の専売権を剥(は)ぎ、富豪の驩心(かんしん)を損ずるを顧みず、極めて急進突飛の手腕を揮い、一は常識円満、群小を包容する韓魏公に類し、他は理のある所、勢を顧りみず、勢の存する所
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「おう、そちは先日、挨拶に出た勧心(かんしん)とかいう者だな」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時艱(じかん)に耐うる天質のいとど薄い蜀帝をして、この安逸へ歓楽へと誘導するに努めていたものが、黄皓(こうこう)などの宦臣(かんしん)の一群であったことはいうまでもない。
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「漢晋(かんしん)春秋」「亮集(りょうしゅう)」「後主伝(こうしゅでん)」等に記載されている所を綜合してみると、大略、次の如き構造と効用の物であることがほぼ推察される。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
初め江陵(こうりょう)へさして落ちてきたのであるが、こんな事情でその方角へはとうてい出られなくなったので、にわかに道を変更して、沔陽(べんよう)から漢津(かんしん)へ出ようと、夜も昼も逃げつづけていた。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
学の権威(けんい)について云々(うんぬん)されては微笑(わら)ってばかりもいられない。孔子は諄々(じゅんじゅん)として学の必要を説き始める。人君(じんくん)にして諫臣(かんしん)が無ければ正(せい)を失い、士にして教友が無ければ聴(ちょう)を失う。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
一刀流の貫心(かんしん)の手、太刀を延ばすと左腕をズバリ!
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)