“かんしん”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
感心73.0%
韓信8.5%
奸臣5.7%
姦臣2.1%
歓心2.1%
甘心2.1%
寒心1.4%
勧心0.7%
宦臣0.7%
漢晋0.7%
(他:4)3.0%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
これは立派りつぱなお姿すがただと感心かんしんして、佛教ぶつきようしんずるものもおほ出來できたのですが
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
百姓ひゃくしょうは、「なるほど、これだから年寄としよりはばかにできない。」とこころの中で感心かんしんしました。
姨捨山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
まちの人は皆韓信かんしん怯懦きょうだにして負けたことを笑い、少年は勝ったと思って必ず得々とくとくとしたであろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
漂母ひょうぼは洗濯ばばのことで、韓信かんしんが漂浪時代に食をうたという、支那の故事から引用している。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
王こゝにおいて杖を投じてって曰く、我何ぞ病まん、奸臣かんしんに迫らるゝのみ、とて遂に昺貴等をる。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
理由は、刺殺された四人は殿さまに放蕩ほうとうをすすめ、それがもとで御逼塞という大事にいたらしめた奸臣かんしんだから、というのである。
怨恨えんこんが長く君主に向かい得ないとなると、勢い、君側の姦臣かんしんに向けられる。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
きょうでは暴民の凌辱りょうじょくを受けようとし、宋では姦臣かんしん迫害はくがいい、ではまた兇漢きょうかん襲撃しゅうげきを受ける。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
——が、その日、会見の第一印象に、秀吉がいかに信雄の歓心かんしんをつなぐのに、甘いことばをもってしたかは、想像に余りがある。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勝平は、先刻さっきから全力を尽くして、瑠璃子の歓心かんしんを買おうとしていた。彼は、急に思い出したように、
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
燕王にして功の成るや、もとよりこの四人を得て甘心かんしんせんとす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかるに彼はこの志士が血の涙の金を私費しひして淫楽いんらくふけり、公道正義を無視なみして、一遊妓の甘心かんしんを買う、何たる烏滸おこ白徒しれものぞ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ここにさら寒心かんしんすべきは、吾人ごじん日用語にちようご
国語尊重 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
うた寒心かんしんすべきこと多かりし。
東京市騒擾中の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
「おう、そちは先日、挨拶に出た勧心かんしんとかいう者だな」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時艱じかんに耐うる天質のいとど薄い蜀帝をして、この安逸へ歓楽へと誘導するに努めていたものが、黄皓こうこうなどの宦臣かんしんの一群であったことはいうまでもない。
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
漢晋かんしん春秋」「亮集りょうしゅう」「後主伝こうしゅでん」等に記載されている所を綜合してみると、大略、次の如き構造と効用の物であることがほぼ推察される。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
玄徳主従とその残兵は、初め江陵こうりょうへさして落ちてきたのであるが、こんな事情でその方角へはとうてい出られなくなったので、にわかに道を変更して、沔陽べんようから漢津かんしんへ出ようと、夜も昼も逃げつづけていた。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人君じんくんにして諫臣かんしんが無ければせいを失い、士にして教友が無ければちょうを失う。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
サルジニア王彼を拝してその首相と為し、かつ彼が意に任せて憲法を制定せんことを許し、以て彼の驩心かんしんを得んと欲す。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
小民を安堵あんどせしむるが如き、漸進の保険策を採り、他は菱樽ひしだるたん問屋の専売権をぎ、富豪の驩心かんしんを損ずるを顧みず、極めて急進突飛の手腕を揮い、一は常識円満
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)