黒紬くろつむぎ)” の例文
つくねんとして、一人、影法師のように、びょろりとした黒紬くろつむぎの間伸びた被布ひふを着て、白髪しらがの毛入道に、ぐたりとした真綿の帽子。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
車上の客は五十あまり、色赤黒く、ほおひげ少しは白きもまじり、黒紬くろつむぎの羽織に新しからぬ同じ色の中山帽ちゅうやまをいただき蹴込けこみに中形のかばんを載せたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
二人はまだ天が明けない内に、行燈あんどうの光で身仕度をした。甚太夫は菖蒲革しょうぶがわ裁付たっつけ黒紬くろつむぎあわせを重ねて、同じ紬の紋付の羽織の下に細い革のたすきをかけた。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼は女の貴族的によそほへるに反して、黒紬くろつむぎの紋付の羽織に藍千筋あゐせんすぢ秩父銘撰ちちぶめいせんの袷着て、白縮緬しろちりめん兵児帯へこおびあたらしからず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
旅川周馬と同腹になって、お千絵を山科やましなの自分の家へかどわかしてきた偽虚無僧——今はそれを脱いであかじみた博多の帯に黒紬くろつむぎを着流している堀田伊太夫ほったいだゆう
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
助太郎は武張ぶばった男で、髪を糸鬢いとびんに結い、黒紬くろつむぎの紋附を着ていた。そしてもう藍原氏あいばらうじかなという嫁があった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
真田さなだ下締したじめを締めまして、黒紬くろつむぎの紋附を着たなり欄干へ帯を縛り附け、脇差や印籠を一緒にして袴の上へ取捨とりすて、片手にて欄干へつかまり、片手にて輪にしたる帯を首に巻き附け
今日けふならではの花盛はなざかりに、上野うへのをはじめ墨田川すみだがはへかけて夫婦ふうふづれをたのしみ、隨分ずいぶんともかぎりの体裁ていさいをつくりて、つてきの一てう良人おつと黒紬くろつむぎもんつき羽織ばをり女房にようぼうたゞすぢ博多はかたおびしめて
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
一張羅いっちょうら黒紬くろつむぎの羽織を引っ掛けた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
下には周馬、いつもの黒紬くろつむぎあわせを着ていた。膝行袴たっつけはそのままで見苦しくない。道中差は野刀一本、身軽のせいか、なんだかサバサバとした気持になった。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黒餅こくもち立沢瀉たちおもだか黒紬くろつむぎの羽織着たるがかく言ひて示すところあるが如き微笑をもらせり。甘糟と呼れたるは、茶柳条ちやじま仙台平せんだいひらの袴を着けたる、この中にてひと頬鬚ほほひげいかめしきをたくはふる紳士なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
が、上下うえしたとも黒紬くろつむぎで、質素と堅実を兼ねた好みに見えた。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
物音に振り顧った小六がきっと見ると、深編笠に黒紬くろつむぎ単衣ひとえ、革の野袴を穿うがった大兵な侍が、愕くうちに早くもつかつかと側まで来てしまった。小六はハッタと睨んで
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
普化ふけ宗衣しゅうえを着ていれば、髪も切下きりさげでなければならぬが、黒紬くろつむぎ素袷すあわせを着流して、髪だけがそのままでは、なんとなく気がさすし、そこらをウロついている原士はらしの眼を避ける上にも
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)