魂魄たましひ)” の例文
「あの色男野郎の彌八ですよ。許嫁のお君が殺されて三日目、魂魄たましひがその邊に迷つてゐるのに、もう、變な素振りをするぢやありませんか」
もんでゐた所ろ今方いまがたやすみなされたのでやう/\出てまゐりましたと云つゝ上りて火鉢ひばちそば身をひつたりと摺寄すりよせすわれば庄兵衞魂魄たましひも飛してうつゝ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
風の温くやはらかきが袂軽き衣を吹き皺めて、人々の魂魄たましひを快き睡りの郷に誘はんとする時にだも、此花を見れば我が心は天にもつかず地にもつかぬ空に漂ひて
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
どうせわしなどは明日にも死ぬ身だから、かまやせぬやうな物で御座りますが、子供等が可哀さうでなりませぬ、何卒、旦那——長二様、一つ長左衛門様の魂魄たましひ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
どうかして、主婦に見られないやうに、あの杉の葉を吊した店の前を通り過ぎることは出來ないものかと、八歳やつつの文吾が小ひさい魂魄たましひは、いろ/\に苦勞を始めた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
其夜自分は早くから臥床ふしどに入つたが、放火の主犯者が死んで了つたといふ考へと、連夜眠らなかつた疲労つかれとは苦もなく自分を華胥くわしよに誘つて、自分は殆ど魂魄たましひを失ふばかりに熟睡して了つた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
悪い請求たのみをさへすらりと聴て呉れし上、胸に蟠屈わだかまりなく淡然さつぱり平日つねのごとく仕做しなされては、清吉却つて心羞うらはづかしく、どうやら魂魄たましひの底の方がむづ痒いやうに覚えられ
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
たゞ側に近く人が立つてゐるといふ氣色けはひを、文吾の狸寢入りの魂魄たましひに感じさせるだけであつた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
如何に零落れいらくなせばとて取戻せしと云れんことも無念むねんなり又是迄年來磨上みがきあげたる武士の魂魄たましひ何ぞ再びへんずる事あらんやかつしても盜泉たうせんの水をのまず熱しても惡木あくぼくかげやどらず君子は清貧せいひん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
夕日なゝめに差し入る狭き厨房くりや、今正に晩餐ばんさんの準備最中なるらん、冶郎蕩児やらうたうじ魂魄たましひをさへつなぎ留めたるみどりしたゝらんばかりなるたけなす黒髪、グル/\と引ツつめたる無雑作むざふさ櫛巻くしまき紅絹裏もみうらの長き袂
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
十兵衞いよ/\五重塔の工事しごとするに定まつてより寐ても起きても其事それ三昧ざんまい、朝の飯喫ふにも心の中では塔をみ、夜の夢結ぶにも魂魄たましひは九輪の頂を繞るほどなれば
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
喰べたくなるのは自然だ。欲しいものを取つて喰べるのは當り前だ、といふ考へは、文吾の魂魄たましひに深く/\植ゑ付けられて、なか/\拔き去ることの出來ぬものになつてゐる。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
つくして待遇もてなしけるにぞ吉之助はかゝる遊びの初めてなれ魂魄たましひ天外てんぐわいとびたゞうつゝの如くにうかれ是よりして雨の夜雪の日のいとひなくかよひしかば初瀬留もにくからず思ひ吉之助ならではと今はたがひふか云交いひかはし一にちあはねば千秋の思ひを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
二人が舎利しやり魂魄たましひも粉灰にされて消し飛ばさるゝは、へたな細工で世に出ぬは恥も却つて少ないが、遺したものを弟子め等に笑はる日には馬鹿親父が息子に異見さるゝと同じく
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ふけ行くまゝに霜冴えて石床せきしやういよ/\冷やかに、万籟ばんらい死して落葉さへ動かねば、自然おのづしん魂魄たましひも氷るが如き心地して何とはなしに物凄まじく、尚御経を細〻と誦しつゞくるに
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
猶其上に道理無き呵責かしやくを受くる憫然あはれさを君は何とか見そなはす、棄恩きおん入無為にふむゐを唱へて親無し子無しの桑門さうもんに入りたる上は是非無けれども、知つては魂魄たましひを煎らるゝ思ひに夜毎の夢も安からず
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)