めぐ)” の例文
しかし見上げたる余の瞳にはまだ何物も映らぬ。しばらくは軒をめぐ雨垂あまだれの音のみが聞える。三味線はいつのにかやんでいた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『宋高僧伝』二に、弘法大師の師匠の師匠の師匠のまた師匠善無畏ぜんむい烏萇国うじょうこくに至った時、白鼠あり馴れめぐりて日々金銭を献ず。
例ならず疾く起きいでゝ窓を開けば幾重の山嶺屏風をめぐらして草のみ生ひ茂りたれば其の色染めたらんよりも麗はし。
かけはしの記 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
津浦線しんほせんの事件だの、京漢線けいかんせんの汽車にすら乗ることを危ぶんでゐた人達のことだのが、またしても私の頭をめぐり出した。
北京の一夜 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
水野越前は、お豊に太刀を持たせて、泉水をめぐり、築山を越え、屋敷から遠い、巨木の木立の中へ入って行きました。
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「前に七坪余りの小庭を控へて、杉柾の萱門を浅く、椽に近き小細水ささらみずは江戸川の流を偃入せきいれて胡麻竹の袖垣をめぐり土塀を潜りて、内庭の池に注ぐなりけり」
巣鴨菊 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
十月さく。舟廻槻木ヲテ岩沼ノ駅ニ飯ス。名取川駅ノ東ヲめぐツテ海ニ入ル。晡時ほじ仙台ニ投ズ。列肆れっし卑陋ひろう。富商大估たいこヲ見ズ。独芭蕉ばしょうノ屋宇巍然ぎぜんトシテ対列スルノミ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
女は其意を得て屏風びょうぶめぐり、奥のかたへ去り、主人は立っても居られず其便に坐した。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
若ししか云ふをうべくんば、彼は唯一箇の不調和な形を具へた肉の断片である、別に何の事はない肉の断片に過ぎぬ、が、其断片をめぐる不可見の大気アトモスフエーヤが極度の「悄然」であるのであらう。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
前をめぐ渓河たにがわの水は、淙々そうそうとして遠く流れ行く。かなたの森に鳴くはつぐみか。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
然し整理熱は田舎に及び、彼の村人も墓地を拡張整頓するそうで、此程周囲まわりの雑木を切り倒し、共有の小杉林をひらいてしもうた。いまにかなめ生牆いけがきめぐらし、桜でも植えて奇麗にすると云うて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
じゅめぐること三そう
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
依稀いきたる細雨さいうは、濃かに糺の森をめて、糺の森はわがめぐりて、わが家の寂然せきぜんたる十二畳は、われを封じて、余は幾重いくえともなく寒いものに取り囲まれていた。
京に着ける夕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その国俗として麦藁むぎわらを積んだ処を右にめぐれば飲食をくれる、来年の豊作を祈るためだ。左に遶れば凶作を招くとて不吉とする。摩訶羅不注意にも左へ遶ったので麦畑の主また忿いかって打ち懲らす。
併し凝る氣で從事するものは、其の絹紙筆墨を費すや甚大甚夥なるも、畢に繋がれたる馬の一つの柱をめぐり、籠められたる猿の六つの窗に忙しげなると同樣に、何の進境をも示さぬものである。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
めぐらせる城の如
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
横向にひさしを向いて開いた引窓から、また花吹雪はなふぶき一塊ひとかたまりなげ込んで、烈しき風の吾をめぐると思えば、戸棚の口から弾丸のごとく飛び出した者が、避くるもあらばこそ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
露に湿しめりて心細き夢おぼつかなくも馴れし都の空をめぐるに無残や郭公ほととぎすまちもせぬ耳に眠りを切って罅隙すきまに、我はがおの明星光りきらめくうら悲しさ、あるは柳散りきりおちて無常身にしみる野寺の鐘
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
衣をき、床をめぐりて狂呼す、「バーンス」詩を作りて河上に徘徊はいくわいす、或は呻吟しんぎんし、或は低唱す、忽ちにして大声放歌欷歔ききょ涙下る、西人此種の所作をなづけて、「インスピレーション」といふ
人生 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
海気は衣をってねむり美ならず、夢魂むこん半夜が家をかめぐりき。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
塊まらぬうちに吹かるるときには三つの煙りが三つの輪をえがいて、黒塗に蒔絵まきえを散らした筒の周囲まわりめぐる。あるものはゆるく、あるものはく遶る。またある時は輪さえ描くひまなきに乱れてしまう。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)