蹴上けあ)” の例文
犬は、彼が逃げるのを見ると、ひとしくきりりと尾を巻いて、あと足に砂を蹴上けあげながら真一文字に追いすがった。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
昨夕ゆうべの雨が土をふやかし抜いたところへ、今朝からの馬や車や人通りで、踏み返したり蹴上けあげたりした泥のあとを、二人はいとうような軽蔑けいべつするような様子で歩いた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その女の人が、両腕をひろげ、片足を思ひきりたかく蹴上けあげて、お得意のをどりををどつてゐるのです。
一本足の兵隊 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
死んだお半の足で蹴上けあげたらしく、滅茶滅茶に崩れた仏壇、燭台しょくだい蝋燭ろうそくは不思議に無事で、これは半分ほどを残して消してありますが、その前に引っくり返ったお半は
真個ほんとだよ、あられだって、半分は、その海坊主が蹴上けあげて来る、波のしぶきが交ってるんだとさ。」
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鬼のような船長ノルマンは、足をあげて、ハルクの顔を、下からうんと力まかせに蹴上けあげた。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
大藏は四辺あたりを見て油断を見透みすかし、片足げてポーンと雪洞を蹴上けあげましたから転がって、灯火あかりの消えるのを合図にお菊の胸倉をって懐にかくし持ったる合口あいくちを抜く手も見せず
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
仲裁に入つた男の睾丸こうぐわん蹴上けあげて気絶さしたとか、云々うんぬんの通信なんだがそれに間違ひはありませんか、一応おたづねする次第です——と云つたやうな話を聞き、ひどく狼狽らうばいした訳です。
椎の若葉 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
砂煙を蹴上けあげながら、まりのように駆け飛んで吾助茶屋ごすけぢゃやの前まで来ると、正勝は馬の背にしがみつくようにしながらぐっと手綱を引いた。馬はあえいで立ち上がるようにしながら止まった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
その次、Bデッキの上まで来るとあなたは腕をあげあしを思い切り蹴上けあげている、というように、以前は、きらいだった駆足も、駆けている間中、あなたが見えるといったたのしさに変りました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
猛狒ゴリラいかつて刀身たうしん双手もろてにぎると、水兵すいへいいらだつてその胸先むなさき蹴上けあげる、この大奮鬪だいふんとう最中さいちう沈着ちんちやくなる海軍士官かいぐんしくわんしづかにすゝつて、二連銃にれんじう筒先つゝさき猛狒ゴリラ心臟しんぞうねらふよとえしが、たちまきこゆる一發いつぱつ銃聲じうせい
三重子はさんざんにふざけた揚句あげく、フット・ボオルと称しながら、枕を天井てんじょう蹴上けあげたりした。……
早春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
死んだお半の足で蹴上けあげたらしく、滅茶々々に崩れた佛壇、燭臺しよくだい蝋燭らふそくは不思議に無事で、これは半分ほどを殘して消してありますが、その前に引つくり返つたお半は
眞個ほんとだよ、あられだつて、半分はんぶんは、海坊主うみばうず蹴上けあげてる、なみしぶきまじつてるんだとさ。」
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
同時に、花房の後ろにいた浪岡は恐怖の発作で習慣的に前へ駆けだした。花房の尻と浪岡の頭部とが激しく突き当たった。身近くその尻っぺたへ一撃を受けて、花房は習慣的にぽんと蹴上けあげた。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
もっとも情熱は失ったにもせよ、欲望は残っているはずである。欲望?——しかし欲望ではない。彼は今になって見ると、確かに三重子を愛している。三重子は枕を蹴上けあげたりした。
早春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
どうも始末に悪いのは、高く崩れる裾ですが、よくしたもので、うつつに、その蚤の痕をごしごし引掻ひっか次手ついでに、膝をじ合わせては、ポカリと他人ひとの目の前へ靴の底を蹴上けあげるのです。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)