襟飾ネクタイ)” の例文
同時にまた縞の背広に地味な襟飾ネクタイをした彼の服装も、世紀末せいきまつの芸術家の名前を列挙するのが、不思議なほど、素朴に出来上っていた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして最後に、死人が彼の襟飾ネクタイを掴んでいました。これだけ材料があれば、十分陪審員たちを承伏させることが出来るに違いありません
何の為に酔狂にも驢馬ろばなんか連れて、南仏蘭西フランスの山の中をうろつかねばならぬか? 何の為に、良家の息子が、よれよれの襟飾ネクタイをつけ
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
先生の白襯衣ホワイトシャートを着た所は滅多めったに見る事が出来なかった。大抵はねずみ色のフラネルに風呂敷ふろしきの切れはしのような襟飾ネクタイを結んでましておられた。
「よし※」龍介はしばらく考えた後決心したように叫んだ「よし、やってやろう、黒襟飾ネクタイ組が勝つか、少年春田龍介が勝つか、一騎討だ※」
黒襟飾組の魔手 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
名前は昔の武者修業のように古風ですが、本人は七つ下りの茶色の背広に、ボヘミアン襟飾ネクタイをした、芸術家らしい青年です。
私は一わたり部屋を見渡した後で、引手のついている化粧台の抽出しを立続けて開けると、襟飾ネクタイの入っている箱の中に一葉の写真を見付けた。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
貴郎あなた、そんな身装みなりをしてお隣家となりへ往つてらしたんですか。襟飾ネクタイもつけないで、何てまあ礼儀を知らない方なんでせう。」
私は逢わない先から、フロールの笑顔が眼先にちらついて、母が襟飾ネクタイを結んだり頭髪かみいてくれるのさえも待ち切れずに、戸外へ飛び出して行く。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
しかし、法水に固唾かたずを呑ませたものは、この装置ではなく、安手の襟飾ネクタイを継ぎ合せて貼ってある、台の底だった。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
あろう事か、あっと頬げたをおさえて退すさる、道学者の襟飾ネクタイへ、はすっかいに肩を突懸つっかけて、横押にぐいと押して
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ルーズベルト型ダブルカラに土耳古更紗トルコさらさ襟飾ネクタイ、黒地のタキシード服と、青灰色の舶来地外套、カンガルー皮入のエナメル靴を穿いて、茶色のキッドの手袋に
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ねえ、ジエィン、あなたは私があのあなたに上げた小さな眞珠の頸飾くびかざりを今でもこの襟飾ネクタイの下の黒い頸に捲きつけてゐることを知つてゐる? 私は遺品かたみだと思つて、私の寶を
今日はいつもより顔の色が悪く、レース編みのきたない襟飾ネクタイを紐のようにあごの下へたらし、何を詰め込んだのか、すり切れた上着のポケットを、みっともなくふくらましている。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼の蝶形襟飾ネクタイと白襯衣シャツの胸板とが、いま排他的に社交界めかして舞台しているのである。
踊る地平線:09 Mrs.7 and Mr.23 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
彼は、カラをつけ、襟飾ネクタイを結び、背広を着たままで、地上六十フィート、寂寞とした無人の大ビルディングの一角で——正確に云えば、S百貨店五階、洋家具売場附属倉庫内で、睡眠を摂っていたのだった。
どう思ったか毛利もうり先生が、その古物の山高帽やまたかぼうを頂いて、例の紫の襟飾ネクタイ仔細しさいらしく手をやったまま、悠然として小さな体を現した。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ボヘミアン襟飾ネクタイにゴム長を穿いた恰好は、モーニングやエブニング・ドレスを着飾った、紳士淑女の夜会に飛込むような代物ではありません。
笑う悪魔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
これが私の襟飾ネクタイです。どうぞ手に取つて御覧下さい。私は今朝三十分ばかしお邪魔をしたと思ひますから、三十分程御覧になつたら、直ぐ御返しを
さていよいよ八月十八日の夜、若林子爵家の書斎で、龍介と子爵は黒襟飾ネクタイ組から送られた最後の脅迫状を読んでいた。
黒襟飾組の魔手 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかもその風呂敷に似た襟飾ネクタイが時々胴着チョッキの胸から抜け出して風にひらひらするのを見受けた事があった。
ストレーカ自身もよほど烈しく抵抗したものと見え、右の手には柄元までべっとり血のついた小さなナイフをしっかりと握り、左の手には赤と黒との絹の襟飾ネクタイを掴んでいた。
襟飾ネクタイの歪んだの……カフスのズッコケたの……鼻の横に薄赤い、わざとらしい口紅ミスプリントの在るもの……皆グデングデンに酔っ払っているらしく、私には眼もくれずに、長椅子の上に重なり合って
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
自分が椅子を離れると同時に、先生はあの血色の悪い丸顔を、あのうすよごれた折襟を、あの紫の襟飾ネクタイを、一度にこちらへふり向けた。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
七つ下りの背広、襟飾ネクタイが神田っ旋毛つむじ位に曲って、モシャモシャと無精髯の生えた顔は、思いきや哲学者のような峻烈なのに変って居ります。
笑う悪魔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
ストウ夫人は命令通いひつけどほり三十分程襟飾ネクタイを見てゐた。その間に煮物が焦げついたかうかは、私の知つた事ではない。
「僕ですか、ああ僕なら明日の午後二時までに、黒襟飾ネクタイ組を全部一網打尽に捕縛するつもりですよ」
黒襟飾組の魔手 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しまいに或唐物屋とうぶつやの店先に飾ってあるハイカラな襟飾ネクタイを見た時に、彼はとうとうそのうちの中へ入って、自分の欲しいと思うものを手に取って、ひねくり廻したりなどした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この襟飾ネクタイは、前夜厩舎へ来た見知らぬ男のつけていたものに間違いないと女中が申し立てた。
青い革のズボン吊り。本麻、赤縞ワイシャツに猫目石のカフスボタン。三つボタンは十八金。襟飾ネクタイは最近流行し初めた緑色の派手なペルシャ模様。留針タイピンは物々しい金台の紅玉ルビー。腕輪はニッケルの撥条ばね
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それをまた毛利先生は、時々紫の襟飾ネクタイへ手をやりながら、誤訳は元より些細ささいな発音の相違まで、一々丁寧に直して行く。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
今宵の話手はなしてに選ばれた桃川燕之助ももかわえんのすけは、五分刈頭にホームスパンのダブダブの洋服、ボヘミアン襟飾ネクタイに、穴のあいた紺足袋こんたび藁草履わらぞうりという世にも不思議な風采を壇上に運んで
彼は男のあとを見え隠れにここまでいて来て、また見たくもない唐物屋の店先に飾ってある新柄しんがら襟飾ネクタイだの、絹帽シルクハットだの、かわじま膝掛ひざかけだのをのぞき込みながら、こう遠慮をするようでは
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから何故か思ひついたやうに、白い襟飾ネクタイへ手をやつて見て、又菊の中を忙しく玄関の方へ下りて行つた。
舞踏会 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
桃川燕之助は、がい一咳と云った調子で、少し古風なエロキューションで続けました。大して暑くもないのに、胸のあたりでハタハタと白扇を使うと、ボヘミアン襟飾ネクタイ翩翻へんぽんとして宙に泳ぎます。
あのくびをさ、襟飾ネクタイのやうにむすんでしまつたら、一体あいつはどうしてほどく気なんだらう。
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)