つゝ)” の例文
一群の老若男女ありてはしり逃れんとす。左に嬰兒を抱き、右につゝみをわきばさめる村婦の、且泣き且走るあり。われは財嚢ざいのうを傾けてこれに贈りぬ。
今度こんどは石をにしきつゝんでくらをさ容易よういにはそとに出さず、時々出してたのしむ時は先づかうたいしつきよめるほどにして居た。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
マルテはヴァル・ヂ・マーグラより亂るゝ雲につゝまれし一の火氣をひきいだし、嵐劇しくすさまじく 一四五—一四七
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
その辺は一体に勤人の住宅が多かつたので、何処の家でもつゝましげな和楽わらくの声がしてゐるやうに思へた。ピアノの音なども何となく彼女の胸を唆つた。
復讐 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
いまや夜が、それを平和な睡眠ねむりのなかへつゝまうとするとき、そのどれもが、つぶに肖た灯を点けたまんま…
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
猫は蘭軒歿後にも榛軒にはれてゐて、十三年の後に死んだ。榛軒の妻は蘭軒の旧門人塩田楊庵に猫を葬ることを託して、金二朱をつゝんで寺に布施せしめた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
わたくしは神々しいへりくだつたおん足の為に、わたくしのうやまひの心で美しい繻子のおん靴を造りまする、善い鋳型がかたを守る如く、しつくりとおん足を抱きつゝみまするやう。
胸に燃ゆる情のほのほは、他を燒かざれば其身をかん、まゝならぬ戀路こひぢに世をかこちて、秋ならぬ風に散りゆく露の命葉いのちば、或は墨染すみぞめころも有漏うろの身をつゝむ、さては淵川ふちかはに身を棄つる
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
あたしの申上まをしあげること合点がてんなさりたくば、まづ、ひとつかういふこと御承知ごしようちねがひたい。しろ頭巾づきんあたまつゝんで、かた木札きふだをかた、かた、いはせるやつめで御座ござるぞ。かほいまどんなだからぬ。
折から灯籠の中のの、香油は今や尽きに尽きて、やがてゆべき一明り、ぱつと光を発すれば、朧気ながら互に見る雑彩いろ無き仏衣ぶつえつゝまれて蕭然せうぜんとして坐せる姿、修行にやつれ老いたる面ざし
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
いよ/\心もとなくて媼の授けしつゝみ引き出すに、種々のかきものありと覺ゆれど、夜暗うして一字だに見え分かず。兎角して曉がたになりぬ。
名をオッタケッルロといへり、その襁褓むつきつゝまれし頃も、淫樂安逸をむさぼるその子ヴェンチェスラーオの鬚ある頃より遙に善かりき 一〇〇—一〇二
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
かゝる文壇の慈氏みろく、詞場のメシヤスは果していつか出現すべき。獨逸にレツシングといふものありき。彼は筆戰の間に名を成して、かばねを馬革につゝまむの志をむなしうせざりき。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
濡れし袂につゝみかねたる恨みのかず/\は、そも何處までも浮世ぞや。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
アマルフイイの市はつゝめる貨物しろものをみだりに堆積したるさまをなせり。羅馬なる猶太街ゲツトオの狹きも、これに比べては尚通衢つうく大路おほぢと稱するに足るならん。
福山藩士に稲生いなふ某と云ふものがあつた。其妻が難産をして榛軒がむかへられた。榛軒は忽ちあわただしく家に還つて、妻志保に「かえの著換を皆出せ」と命じ、これを大袱おほぶろしきつゝんで随ひ来つた僕にわたした。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)