藪蔭やぶかげ)” の例文
湯の谷もここは山の方へはずれの家で、奥庭が深いから、はたの騒しいのにもかかわらず、しんとした藪蔭やぶかげに、細い、青い光物が見えたので。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
甲斐は藪蔭やぶかげを選んで、斜面のほうを頭にし、寝袋の中にすっぽりと躯を入れ、食糧の包みを枕にして、じっと眼をつむっていた。
ねえさん待ちな」と突然いきなり武士さむらいうしろから襟上えりがみつかむから「あれー」と云ううちに足首を取って無理に藪蔭やぶかげかつぎ込み「ひッひッ」というをひっ□し
藪蔭やぶかげから出て来た金蔵は、糸楯いとだてを背に負って、小さな箱をすじかいに肩へかけて、旅商人ていに作っていました。
昼は肴屋さかなや店頭みせさき魚骨ぎょこつを求めて、なさけ知らぬ人のしもと追立おいたてられ。或時は村童さとのこらかれて、大路おおじあだし犬と争ひ、或時は撲犬師いぬころしに襲はれて、藪蔭やぶかげに危き命をひらふ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
白睨にらみ付おぼえ無しとは白々しら/″\しきいつはりなり去月廿七日小篠堤權現堂の藪蔭やぶかげに於て穀屋平兵衞を切殺きりころし金百兩を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
少し陰気な感じですが、素晴らしい美人で、何となく藪蔭やぶかげに咲き誇っている月見草を思わせる娘でした。
実際私達にしろこの坂に達した時分になると余程よほど自分ではしっかりしているつもりでも神経が苛々いらいらとして来て、藪蔭やぶかげで小鳥が羽ばたいても思わず慄然として首を縮め
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
欣之介のゐる離家はなれの横手にある灰汁柴あくしばの枝々の先端さきへ小さな粒々の白い花が咲き出した頃の或る日暮方、革紐かはひもで堅くゆはへた白いズックのかばんが一つ、その灰汁柴の藪蔭やぶかげに置いてあつた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
「ええもう、ほんとにうぐいすの巣のような、藪蔭やぶかげの草庵でござりまする。それでも」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
懐中電燈の光を便たよりに、真黒い藪蔭やぶかげの路を通って、田圃たんぼに下りた。夜目にも白い田の水。かわずの声が雨の様だ。不図東のそらを見ると、大火事の様に空が焼けて居る。空にうつる東京の火光あかりである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
一人はステッキを持ち草履ぞうり穿き、一人は日和下駄ひよりげたを穿いて、藪蔭やぶかげを通り墓地を抜けて、小松の繁っている後の山へ登った。息休めもしないで一気に登ったので、二人の額からは汗がぼたぼた落ちた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
藪蔭やぶかげに小さい家があつて、そこから笛の音は流れ出してゐた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
小高みになった藪蔭やぶかげのところに竹樋たけといを通した清水をすくいながら、握飯おむすびを郁太郎にも食べさせ、自分も食べていると、不意に後ろから人の足音があって、ガサガサッと藪の下萌したもえが鳴る。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
十九と聞きましたが、境遇きやうぐうのせゐか、年よりはふけて、二十二三と言つても通るでせう。少し陰氣な感じですが、素晴しい美人で、何となく藪蔭やぶかげに咲きほこつて居る月見草つきみさうを思はせる娘でした。
藪蔭やぶかげはもう暖かな草萌くさもえのにおいにれていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
竹の藪蔭やぶかげから高くあがる火竜の勢いと、その火の子をながめて、ホッと吐息をついた時、弁信の耳には、それが早鐘はやがねのように聞え、その口が、耳までさけているように見えましたものですから
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)