薄明うすあかり)” の例文
そうして実に不思議なことには、どこからか光が射して来ると見えて、仄々ほのぼのとした薄明うすあかりが蛍火のように蒼白く、窟内一杯に充ちている。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もの忘れした時のやうに、おぼえもあらぬ残り香の漂ひきて薄明うすあかりのなかをそぞろあるきするにも似た心地に誘はれることがある。
夜泣松の枝へ、提灯を下げまして、この……旧暦の霜月、二十七日でござりますな……真の暗やみの薄明うすあかりに、しょんぼりとかがんでおります。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薄明うすあかりのデリケートな銀色の月のように、美くしい明るい灰色の彼の衣裳を淡色うすいろやまたは豊かな影に替えて、彼は日に六度しかも着物を替えた。
しののめ時のあるかなきかの薄明うすあかりの動きをも暗黙の間に伝へ、その健さはまた、暁そのものの持つ生れたばかりの新鮮さと雄々しさとを感得してゐるのだ。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
「夕暮の静かなる空のけしき、いとあはれ」な薄明うすあかりの光線に包まれながら、「竹の中に家鳩といふ鳥の、ふつかに鳴くを聞き給ひて、かのありし院に、此鳥このとりの鳴きしを」
『新訳源氏物語』初版の序 (新字新仮名) / 上田敏(著)
二万人をれ得ると云ふ堂内には、暗い中に立つた幾十の大石柱が四方の窓の濃麗な彩色硝子さいしきがらすから薄明うすあかりにぼんやりとしらんで、正面の聖壇には蝋燭の星が黄金きんを綴り
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
たゞ薄闇の中を、前途の薄明うすあかりを頼りにして、必死に辿るより外には、仕様がなかった。
極楽 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
浜で偶然言葉を交した漁師の小舟で、やがて私は海へ薄明うすあかりが落ちかけるまでぐぢを釣つてゐたのです。赤々と沈む夕陽を見ると、私は可愛い魔物の視線をよみがへらせてゐたのでした。
蒼味あおみを帯びた薄明うすあかり幾個いくつともなく汚点しみのようにって、大きな星は薄くなる、小さいのは全く消えて了う。ほ、月の出汐でしおだ。これがうちであったら、さぞなア、好かろうになアと……
微曇ほのぐもりし空はこれが為にねむりさまされたる気色けしきにて、銀梨子地ぎんなしぢの如く無数の星をあらはして、鋭くえたる光は寒気かんきはなつかとおもはしむるまでに、その薄明うすあかりさらさるる夜のちまたほとんど氷らんとすなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ふと気がつくと、私の周囲には異様な薄明うすあかりが漂い初めていた。それは例えば、幕に映った幻燈の光の様に、この世のほかの明るさではあったけれど、でも、歩くにしたがって闇はしりえに退いて行った。
火星の運河 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
八はぢつと其屋敷を見てゐると、今迄薄明うすあかりの差してゐた別当部屋の窓が、忽ち真暗になつた。間もなく別当が門のくぐりけて、番傘ばんがさをさして出て来て、八のゐる処と反対の方角へ行つてしまつた。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
私はただ独り薄明うすあかり窻側まどきはに坐つてれからんだ神経の絹糸のもつれをときほぐし、或は冷たい硝子のフラスコのそのたよりない皮膚の上をつつましやかに匍ひ廻る小さな細蟻の感覚に心をあつめ
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
藤三は母屋おもやと離れた昔は石炭とまきを入れてあった物置の南と東に窓をつけた、粗末そまつな小屋に住んで居た。夜明けの薄明うすあかりが窓から流れ込み、藤三はミチの硝子ガラス窓をたたく音に眼をさまし、引戸をあけた。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
此永劫の薄明うすあかりの一端にたたずんで、果なくつゞく此深林の奥の奥を想う。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あの薄明うすあかりの中に何があるので、そんなに御感動なさるのでしょう。
天の灝気こうき薄明うすあかりやさしく会釈えしゃくをしようとして
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
おまへの顎が、薄明うすあかりを食べてゐる橋の下で
無題 京都:富倉次郎に (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
しかしその荷物をほうり出していた方が、白い浴衣を着た、見上げるような大入道だったと、申して、例のどんよりした薄明うすあかりじゃござりますし、ちょうどその時分
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その薄明うすあかりの中で、出来る丈け手早く、菰田の墓を、さも死人が蘇生そせいして、内部から棺を破って這い出したていにしつらえ、足跡を残さぬ様に注意しながら、元の生垣の隙間から、外の畦道あぜみちへと抜け出し
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
快い日を求め、重くろしい薄明うすあかりの中で、興味を以て
長い薄明うすあかりのなかでびろうど葵の顫へてゐるやうに
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
まづ天井の薄明うすあかり、光は消えて日も暮れぬ。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
まづ天井の薄明うすあかり、光は消えて日も暮れぬ。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
かはたれどきの薄明うすあかりほのかにうつる。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
もう世界が薄明うすあかりの中に開かれている。
薄明うすあかりややしばしさまかえぬほど
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
黄昏たそがれのとりあつめたる薄明うすあかり
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)