色紙しきし)” の例文
しかも、そのまん中に、花も葉もひからびた、合歓ねむを一枝立てたのは、おおかた高坏たかつきへ添える色紙しきしの、心葉こころばをまねたものであろう。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
世にはまた色紙しきし短冊たんざくのたぐいに揮毫きごうを求める好事家があるが、その人たちがことごとく書画を愛するものとは言われない。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
うせものがしたところで、そんなにさわぐにはあたるまいとおもつた。が、さてくと、いやうして……色紙しきし一軸いちぢくどころではない。——大切たいせつ晩飯ばんめしさいがない。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
全くの素人しろうとでは、なかなか色紙しきし短冊たんざくに乗らないものだが、この女文字は板についていると感じました。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
短冊たんざく色紙しきし等のはりまぜの二枚屏風の陰に、薬をせんじる土瓶どびんをかけた火鉢ひばち。金だらい、水びん等あり。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
それが色紙しきし短冊たんざくの世の中になって、新たに始まった現象でないことは、わかりきったことのように私は思うのだが、今まではとかく文字の教育を受けた人ばかりに
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
越後のある小都会の未知の人から色紙しきしだったか絹地だったか送って来て、何かその人の家のあるめでたい機会を記念するために張り交ぜを作るから何か揮毫きごうして送れ
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「何んにもありやしません。小倉の色紙しきしとか何んとかの懷劍でも附いてゐると御大層なんですが」
これは普通の色紙しきしでなく、その時節にかぎって市中の紙屋で売っている薄い短尺たんざく型のやすい紙きれであるが、この時にも大きい子供はほんとうの色紙や短尺に書くのもある。
半七捕物帳:35 半七先生 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼岸かのきしの人と聞くつらさ、何年の苦労一トつは国のためなれど、一トつは色紙しきしのあたった小袖こそで着て、ぬりはげた大小さした見所もなき我を思い込んで女の捨難すてがた外見みえを捨て、そしりかまわずあやうきをいとわず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あたかも漁師町りょうしまち海苔のりを乾すような工合に、長方形の紙が行儀よく板に並べて立てかけてあるのだが、その真っ白な色紙しきしを散らしたようなのが、街道の両側や、丘の段々の上などに、高く低く
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
母親はお庄が叔母から譲り受けた小袖の薄らいだようなところに、丹精して色紙しきしを当てながら、ちょくちょく着の羽織に縫い直す見積りをしていた。お庄はその柄を、田舎くさいと思って眺めていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ててもかれず、うしたとくと、「どうもへんなんですよ。」と不思議ふしぎがつて、わるく眞面目まじめかほをする。ハテナ、小倉をぐら色紙しきしや、たか一軸いちぢく先祖せんぞからないうちだ。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
茶碗ちゃわん色紙しきしに万金をなげうつのも道楽だ。芸者に芸を仕込むのも道楽にかわりはありますまい。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
七兵衛が通された部屋には、古色を帯びた銀襖ぎんぶすまがあって、それには色紙しきしが張り交ぜてある。
紅麻こうあさの絹の影がして、しろがね色紙しきし山神さんじんのお花畑を描いたような、そのままそこをねやにしたら、月の光が畳の目、寝姿に白露の刺繍ぬいとりが出来そうで、障子をこっちで閉めてからも
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
有頂天うちょうてんになるほどの風流気もあるし、木曾路へ入ってからでも、夜間、暇を見ては読書もするし、かなり四角な字を並べたり、色紙しきし短冊たんざくを染めてみたりしているのですが、米友にはそれがない。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いまの並べた傘の小間隙間すきまへ、柳を透いて日のさすのが、銀の色紙しきしを拡げたような処へ、お前さんのその花についていたろう、蝶が二つ、あの店へ翔込たちこんで、傘の上へ舞ったのが、雪の牡丹へ
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
関寺小町のつきつけた筆と色紙しきしとに、手をのべて受取ると、いつのまにか受身が受けられるような立場となって、関寺小町の姿は消えたが、「花の色は」の大懐紙の前に、美しい有髪うはつの尼さんが一人