脾弱ひよわ)” の例文
何を怒つてゐるのだか解らなかつたが、脾弱ひよわで癇癖の強い軍治は地団駄を踏みながら、何ごとかめいて幾の肩を小さい手で打つてゐた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
娘というのは数え歳は十六だそうだが、見たところやっと十二か十三で、脾弱ひよわな胴に結んだ帯がともすればずり落ちるほど腰の肉などなかった。
健康三題 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「いつも脾弱ひよわな、一と吹きの風にも萎んでしまいそうな児だった」と、幽霊は云った、「だが、心は大きな児だよ!」
少年のどこか脾弱ひよわそうで美しい眉目が彼の眸をとらえて離さなかった。——高氏はつい、過ぎてからも、振り返った。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただでさえ脾弱ひよわいのが益々病身になってしまいましたが、とうとうしまいには心の罪に責められて、あの婆の寝ている暇に、首をくくって死んだと云う事です。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「夫婦関係などは本位でなく、ただ国家のためになる丈夫な子供を産み、為めにならない脾弱ひよわな子供を産ませないようにする、ということが原則になるのです」
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
っと、死んだように貼りついていた。——いったい脾弱ひよわな彼らは日光のなかで戯れているときでさえ、死んだ蠅が生き返って来て遊んでいるような感じがあった。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
そのそばには、くっきりした形の眉の上に、小さな異様な脈管が、この透き通るような額の浄らかに澄んだ中を、ほの蒼く脾弱ひよわそうに小枝を走らせている箇所がある。
トリスタン (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
白ペンキ塗の厚縁あつぶち燦々きらきらで、脾弱ひよわい、すぐにもしわってはずれそうな障子やからかみしきりの、そこらの間毎まごとには膏薬のいきれがしたり、汗っぽい淫らな声がえかけたりしている。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
御機嫌ごきげん如何いかゞらせられますか、陛下へいかよ!』公爵夫人こうしやくふじんひく脾弱ひよわこゑでおうかゞ申上まをしあげました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
三歳の年もらって来た頃は、碌々口もきけぬ脾弱ひよわい児であったが、此の頃は中々強健きょうけんになった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
脾弱ひよわそうな中年の兵隊や老兵が、無感動な、そのくせどこかシニックな影のある顔つきで、小隊長らしい将校のあとからゾロゾロ谷間へ降りて来、それぞれの営舎へ入ると
ノア (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
お嬢様は脾弱ひよわいお体、若旦那さまは未だお年がいかないから、信州までお送り申さなければなりません、お屋敷へ帰る時節があれば結構だが、容易に御帰参は叶うまいと思うが
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
生家うちはその村でも五本の指に數へられる田地持で、父作松と母お安の間の一粒種、甘やかされて育つた故か、體も脾弱ひよわく、氣も因循ぐづで學校に入つても、勵むでもなく、なまけるでもなく
赤痢 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
その時彼は十歳にもならぬ脾弱ひよわな子供で、竹榻たけいすの上に横たわり、祖母はいすそばに坐していろんな面白い昔話をしてくれた。祖母は彼女の祖母から聴いた話をした。陳氏の先祖は大金持だよ。
白光 (新字新仮名) / 魯迅(著)
すると、火鉢をギッシリ取り巻いたそのわびしい一団の一人の、女持ちみたいな人絹のマフラを首に巻いた、脾弱ひよわそうな身体つきをした、ちょっと二枚目の顔をした若者が、私を上目越しに見て
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
私は元来脾弱ひよわかつたうへに生れると間もなく大変な腫物できもので、母の形容によれば「松かさのやうに」頭から顔からいちめんふきでものがしたのでひきつづき東桂さんの世話にならなければならなかつた。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
この白茶しろちや博多はかたの帯は幼いわたしが締めた物である。わたしは脾弱ひよわい子供だつた。同時に又早熟な子供だつた。わたしの記憶には色の黒い童女の顔が浮んで来る。
わが散文詩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
自分も母でもあり、脾弱ひよわい子が一人あるといっていたのも本当であろう。その眼には、涙があった。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蒼白く脾弱ひよわそうに小枝を走らせている、例の小さい不思議な脈管をじいっと見つめていた。
トリスタン (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
その途端に、さわがしい羽風を切って松の枝下から、ある程度まで舞い下ったらしい大鷲——それと迎合しようとして、まだ脾弱ひよわい羽をのして、空中に向ってはばたきをする子鷲——
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それで、橘屋の娘にしたところで生れ付き、金持ちの跡取り娘の脾弱ひよわい体質から、がっちりしたものにすがい本能があって、それが偶然の機会に便りを得て恋となって現われたのであろう。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
福鼠ふくねずみしづかに見開みひらき、『ねむつちやない』と咳嗄しはがれた脾弱ひよわこゑ
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
私にも、幼子おさなごがありまする。どういうものか、生れつきの脾弱ひよわで、この十日程まえからまた、寝ついたきりで、しょくも細るばかりゆえ、さる所へ、祈願を籠めにまいった途中でございまする。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
巽斎は名は孔恭こうきようあざな世粛せいしゆくと云ひ、大阪の堀江に住んでゐた造り酒屋の息子である。巽斎自身「余幼年より生質軟弱にあり。保育をもつぱらとす」と言つてゐるのを見ると、兎に角体は脾弱ひよわかつたらしい。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
つひちひさな脾弱ひよわ金切聲かなきりごゑで(それが甚公じんこうだとあいちやんはおもひました)
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)