窈窕ようちょう)” の例文
元々、矮虎ときては色情いろに目のない性分である。その彼をして、窈窕ようちょうたる美戦士へあたらせたのは、けだし人をえたものではない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余は余の周囲に何事が起りつつあるかを自覚した。同時にその自覚が窈窕ようちょうとして地のにおいを帯びぬ一種特別のものであると云う事を知った。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また上下の文ありて「入りては則ち髪を乱し形をやぶり、出でては則ち窈窕ようちょうして態をす……これ心を専らにし色を正すことあたわずとう」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
フランス魂の幻像——たてをもってる窈窕ようちょうたる処女、やみの中に輝く青い眼のアテネ、労働の女神、たぐいまれなる芸術家、または
なるほど窈窕ようちょうとしてあでやかなひとりの美人が、おどろ髪に両眼をきょとんとみひらいて、青白い面にはにたにたとぶきみな笑いをのせながら
「話に聞いた人面瘡じんめんそう——そのかさの顔が窈窕ようちょうとしているので、接吻キッスを……何です、その花の唇を吸おうとした馬鹿ものがあったとお思いなさい。」
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昨夜の夜半に、風呂場で見た半人半魚の麗人が、数歩前を自分の方へ向かって、窈窕ようちょうとして歩を運んでくるではないか。
岩魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
現に、伊太利イタリーの十八世紀小説の中にですが、凸凹でこぼこ鏡玉レンズを透して癩患者を眺めたとき、それが窈窕ようちょうたる美人に化したという話もあるとおりで……。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
と、吟味所の裏木戸が、内からひそかに開けられた。つと現われた人影は、どうやらうら若い女らしい。それもろうたけた窈窕ようちょうたる高貴の姫君ではあるまいか。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「今物語」に、或る五位の蔵人が、革堂こうどう窈窕ようちょうたる佳人を見てそれに懸想し、そのあとをつけて行ったところが、一条河原の浄人きよめの小屋に這入ったという話がある。
賤民概説 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
そこには一種のなんとなく窈窕ようちょうたる雰囲気ふんいきがあったことを当時は自覚しなかったに相違ないが、かなりに鮮明なその記憶を今日分析してみてはじめて発見するのである。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
荘厳というべきか窈窕ようちょうというか、嬋娟せんけんというべきか夢幻というか! 亡国と莫迦ばかにし古代文明国とあざけり、物の数にも入れていなかった印度という六千年の伝統を持つ国に対して
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その顔には窈窕ようちょうとして最早や人界のものでないような美女のおもかげを泛べていました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
C女史は「手を額に当てて、懺悔に似た心もちで呆然と窓の外を眺めた」淑貞の窈窕ようちょうたる体には活溌な霊魂が投げ入れられて、豊満になった肉体とともに、冗談を云う娘となって来た。
春桃 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
当今少婦輩内にては乱髪壊形し、外にては窈窕ようちょうとして態をすを当り前の事と考え候よう相見え候。これは古礼に叶わざる事と存じ奉り候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
枕許に看護婦一にん、右に宿直の国手いしゃたたずんで、そのわきに別に一人、……白衣びゃくえなるが、それは、窈窕ようちょうたる佳人であった。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
嬋娟せんけんにして男まさりな呉妹君ごまいくんといわれ、その窈窕ようちょうたる武技も有名な夫人であったが、国外遠く嫁いで、母の危篤と聞いては、やはり弱い女に過ぎなかった。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白い顔色が益〻白く、黒い瞳がいよいよ黒く、赤い唇が一層赤く、いつもの彼よりより一層美しくもあれば気高くもある、一個窈窕ようちょうたる美少年が、鏡の奥に写っていた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
肩にあつまる薄紅の衣のそでは、胸を過ぎてより豊かなるひだを描がいて、裾は強けれどもかたからざる線を三筋ほどゆかの上まで引く。ランスロットはただ窈窕ようちょうとして眺めている。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そしてやっとのことで、湖の水門のあたりまで辿たどり着きましたが、まったく私にはもう、窈窕ようちょうも凜々しさもおきゃんしとやかさも何もかもが、一切合切区別つかなくなってしまいました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
おおむね世上では窈窕ようちょうという文字を使いますが、しかしそれなる薄雪にかぎってはその名の示すとおり窈窕は不適当で、むしろ玲瓏れいろうとしてすがすがしい玉をのぞむような美しさでありました。
女身至上の尊貴、国母の称と、窈窕ようちょうの美とを、女の生命に、あわせうけたかの女は、まさに、地上の栄花を、身ひとつにあつめた星の君とも見えもしたろう。
「ちょっと御挨拶を申上げます、……同室の御婦人、紳士の方々も、失礼ながらお聞取ききとりを願いとうございます。わたくしは、ここに隣席においでになる、窈窕ようちょうたる淑女。」
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
白人の中には花のごとき窈窕ようちょうたる美女もありながら、しかも彼らも彼女らも眼に一丁字いっていじなく、奴隷は祖先代々奴隷としての境遇に甘んじてその範囲を出ることは一歩たりとも許されないのです。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
高島田に花笄はなこうがいの、盛装した嫁入姿の窈窕ようちょうたる淑女が、その嫁御寮に似もつかぬ、卑しげなけんのある女親まじりに、七八人の附添とともに、深谷ふかや駅から同じ室に乗組んで
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あの窈窕ようちょうたるものとさしむかいで、野天で餡ものを突きつけるに至っては、刀の切尖きっさきへ饅頭を貫いて、食え!……といった信長以上の暴虐ぼうぎゃくです。貴老あなたも意気がさかんすぎるよ。」
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この可憐なのと、窈窕ようちょうたると、二人を左右に従えて、血ぬった出刃のさきを垂直に落して、切身の目分量をした姉御は、腕まくりさえしないのに、当時の素裸の若い女を現実した。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……窈窕ようちょうたるかな風采、花嫁を祝するにはこのことばい。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)