病躯びょうく)” の例文
石原の利助の病躯びょうくを助けて十手捕縄を預かっている若い新吉にしては、それくらいのあせりのあるのは無理のないことでした。
しかしその脆弱な病躯びょうく中には鉄石の如き精神が存在していた。君は終始儼然げんぜんとして少しも姿勢を崩さず、何となく冒すべからざる風があった。
生きがいのない病躯びょうくあざけっていたが、先生の唯一の幸福であった口腹の欲も、そのころから、少しずつ裏切られて来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
余らは居士の病躯びょうくで思いもよらぬ事だと思ったが、しかし余らのいう事はもとよりれなかった。居士は平生
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それから後は阪神附近をアチコチと流離していたが、ドコにもれられないでとうとう九州に渡って別府に逼息ひっそくし、生活につかれた病躯びょうくかかえて淋しく暮した。
冷い壁の下の方へ寄せて、すみのところに小窓が切ってある。その小窓の側が宗蔵の病躯びょうくを横える場処である。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それだけが唯一の手がかりに過ぎなかったが、半兵衛の熱意と、その病躯びょうくを押して敵国へ使いに来た壮志とは、ついに相手の心をうごかさずにはおかなかった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしわたしはとこに置き捨てた三味線さみせんのふと心付けば不思議にもその皮の裂けずにいたのを見ると共に、わが病躯びょうくもその時はまたさいわい例の腹痛を催さぬうれしさ。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
病躯びょうくを起して、この内憂外患の時節に、一方には倒れかけた幕府の威信を保ち、一方には諸国の頑強なあぶものを処分してゆく、にくまれやくは会津が一身に引受けたのであります。
九十に近い老僧がからびた病躯びょうくに古泥障を懸けて翼として胡蝶の舞を舞うたのであった。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして、帰って来れば、不具者か敗残の病躯びょうくか、多くはかばねになって帰って来るのだ。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
夜を徹して予が病躯びょうくあたためつつある真最中なりしなり、さて予は我に還るや、にわかにまた呼吸の逼迫ひっぱく凍傷とうしょうなやみ、眼球の激痛げきつう等を覚えたり、勿論もちろんいまだまなこを開くことあたわざるのみならず
それは病躯びょうくささえて、ともかくも此処まで生きのびてきた自分が、もはや青春の仮説かせつの外に遠くはみだしていることを意味する。前述の『親馬鹿の記』の中で、私は次のごとき感慨をもらした。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
死を覚悟して、無理無体に歩ませてゆく病躯びょうくであった。口はかわいてしまう。鼻腔はあらい呼吸いきにつかれる。そして蒼白なひたいに、髪の根から冷たい汗さえながれていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さればとて故郷の平蕪へいぶの村落に病躯びょうく持帰もちかえるのもいとわしかったと見えて、野州やしゅう上州じょうしゅうの山地や温泉地に一日二日あるいは三日五日と、それこそ白雲はくうんの風に漂い、秋葉しゅうようの空にひるがえるが如くに
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「さしあたってちょっと触れたくない問題があるんでね。どうせ何とかしなくちゃならないにしても、今は誰にも逢いたくないんだ」道太はあの時病躯びょうくをわざわざそのために運んできて
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と、また病躯びょうくを責めて、詫び入るらしい気ぶりを抑えて、秀吉は彼のことばを不意に奪った。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
美貌びぼうの父は入婿いりむこであったが、商才にもけた実直な勤勉家で、田地や何かもやした方であったが、鉄道が敷けて廻船の方が挙がったりになってからも、病躯びょうくをかかえて各地へ商取引をやっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「ほかならぬ日、病躯びょうくを押しても出仕をと存じましたが、何ぶん一人の母が余りにも案じますので、つい親心にほだされて、参列を怠りました。どうぞいかようにもご処分のほどを」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
病躯びょうくを押して下ったが、腰越こしごえにてはばめられ、遂に、鎌倉へ入るも許させ給わず、空しく京へ立ち戻って来たが……骨肉の兄と弟とが、かく心にもなくへだてられ、浅ましい相剋そうこくの火を散らすことよと
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それが、病躯びょうくけずってゆく——
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)