用達ようた)” の例文
ちょうど庸三は用達ようたしに外出していたが、夜帰ってみると、彼女は教養ある青年たちのナイトぶりに感激したような口吻こうふんらしていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
旅の身の半蔵は、用達ようたしのついで、あるいは同門の旧知なぞをたずねるためあちこちと出歩くおりごとに、町々の深さにはいって見る機会を持った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ある日私が用達ようたしから帰って見ると、私の部屋の棚に古い行李こうりが一つ載せられていた。そっとおろして見ると、中は空っぽで何も入っていなかった。
そして刻限になって家を出るときは、小間使のいねにだけ「用達ようたしに」と断わり、おかあさまにも会わなかった。
やぶからし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
三月二十日の朝八時頃、浅草仲店なかみせの商家の若いおかみさんが、千住せんじゅ用達ようたしに行く為に、吾妻橋の汽船発着所へ来て、船を待合せる間に、今の便所へ入った。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
小さな私だけはなんにも知らないで、いつかその由次郎にもなついて、来るとかならず肩車に乗せてもらって、用達ようたしにも一しょについていったりしていた。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「お女中のお初さん、——まだ若い働きものですがね、お屋敷の内外を一人で切って廻して、よく買物や用達ようたしに出るので、お君とも懇意にしていたようです」
「知らんちうて……お前だれかと寝やせんかな。おれが用達ようたしに行っとる留守のに……エエコレ……」
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
宅へ帰ってみると妻は用達ようたしに出たらしい。下女はちょっと出迎えたがすぐ勝手へ引込んで音もない。今朝まであんなに騒々しかった家内はしんとしてあまりに静かである。
障子の落書 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
品川へ用達ようたしに往って、わたしは尾張町おわりちょうにいたのですよ、親方の用事で五時ごろから往ったのですが、やまの飲み屋で一ぱいやってるうちに、遅くなって、いっそ遊んで、朝
雪の夜の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
用達ようたしだの、何のと申して、奥様にお暇を頂いては、こんな処へ出て参りまして、たまに通りますものを驚かしますのが面白くてなりませんので、つい、あの、癖になりまして
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この西川屋一家も以前もとは大門通りに広い間口を持っていた。蕎麦屋の利久の斜向すじむかいに——現今いまでも大きな煙草タバコ問屋があるが、その以前は、呉服用達ようたしの西川屋がいたところである。
惜しむは、さむらいらしい物惜しみ、そうありてよしと思うたゆえ、筑前が帰陣までの用達ようたしには、駄馬にてよけれと、わざと駄馬を選んだのじゃが、片目とは思わなんだ。これは厄介な物を
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前年の晩秋どこかへ用達ようたしに行った帰り、夏かかあに死なれて悄気しょげきっていた辰は途上で未知の大之進に掴まって片棒かつぐことになったのだが、名も言わず聞かず、ほとんど口もきかずに
梅三郎は評判の美男びなんで、婀娜あだな、ひんなりとした、芝居でいたせば家橘かきつのぼりの菊の助でも致しそうな好男いゝおとこで、丁度其の月の二十八日、春部梅三郎は非番のことだから、用達ようた旁々かた/″\というので
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
久しぶりで麹町こうじまち元園町もとぞのちょうの旧宅地附近へ行って見た。九月四日、この朔日には震災一週年の握り飯を食わされたので、きょうは他の用達ようたしを兼ねてその焼跡を見て来たいような気になったのである。
九月四日 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
汗の乾かぬうちに、シャツと洋服とオーバーを着て、ちょっとの用達ようたしと散歩をして帰るのであるが、途中で湯冷ゆざめがして、全身の皮が一枚剥落はくらくしてしまったくらいの寒さを感じたものであった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「ちょいと、このじんと、用達ようたしに」
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
細君は用達ようたしかね。
五月晴れ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
東京へも用達ようたしに始終往復してゐて、さう云ふ時の足溜りに、これまで女を下町の方に囲つておいたこともあつた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
その人は、福島にある彼の歌の友だちで、香川景樹かがわかげきの流れをくむものの一人ひとりで、何か用達ようたしに町を出歩いているところであったが、彼の顔色の青ざめていることが先方を驚かした。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
父は私を友達のように、とんでもない場所ところへまで連れてゆく。薬研堀やげんぼりのおめかけさんのところへ連れていったまま、自分は用達ようたしに出てしまうので、私は二、三日して送りかえされる。
村へ用達ようたしがあって、あの大曲おおまがり……ホラ、鶴子さんの死骸が倒れていた線路のカーヴのところを、わしら『大曲り』と申しますだが、そこを通りかかりますと、線路わきの原っぱに
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「というほどのことでもないが、まア用達ようたしのついでだな、ころんでもただは起きないのが、あの男のもちまえ、きのうの使者三名のうちに、ひとり隠密おんみつ達者たっしゃなやつをまぜてよこした」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今日七軒町しちけんちょうまで用達ようたしに出掛けた帰りに久し振りで根津の藍染町あいぞめちょうを通った。
イタリア人 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「帰りがけの些細な土産ものやなにか、一寸ちょっと用達ようたしに出掛けておりますので、失礼を。その娘の如きは、景色より、見物より、蟹をくらわんがために、遠路えんろくッついて参りましたようなもので。」
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
家へ帰ると、気をきかして何処どこかへ用達ようたしにやったとみえて、作の姿は何処にも見えなかったが、紙漉場かみすきばの方にいた養父は、おとらの声を聞つけると、直に裏口から上って来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)