牝鹿めじか)” の例文
もう一ぴき牝鹿めじかは、うみを一つへだてた淡路国あわじのくに野島のじまんでいました。牡鹿おじかはこの二ひき牝鹿めじかあいだ始終しじゅう行ったりたりしていました。
夢占 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
幾日も幾日も、そうした情景が続いた後、少女はとうとうその牝鹿めじかのようにしなやかな身体を、俊寛の強い双腕もろうでに委してしまった。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
葉子はソファを牝鹿めじかのように立ち上がって、過去と未来とを断ち切った現在刹那せつなのくらむばかりな変身に打ちふるいながらほほえんだ。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それがふじこであろう、若い牝鹿めじかのような、すんなりした躯つきで、黒眼の勝った大きな眼に、きかぬ気らしい、大胆な色を湛えていた。
ほう、ほう、と鹿のく声がする——。それに気づいてひとみをこらして見ると、牝鹿めじか牡鹿おじかが、月の夜を戯れつつさまよっているのだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くちびるをキュッと結び、寒気を耐えるように、両腕を首の下で締めつけると、ずるりと落ち、荒布あらめの下から、それは牝鹿めじかのような肩が現われた。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
鹿しかはみなさんもよくてごぞんじでせう。鹿しか本州ほんしゆう四國しこく九州きゆうしゆう朝鮮等ちようせんなどひろ分布ぶんぷしてゐます。牡鹿をじか牝鹿めじかよりすこおほきく、頭部とうぶつのつてゐます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
一方、大将軍九郎御曹司義経は、七日の明方、三千余騎で鵯越ひよどりごえにのぼり、人馬を休ませていたが、その騒ぎに驚いたか、牡鹿おじか二匹、牝鹿めじか一匹が平家の城の一の谷へ逃げ下りた。
数か月来股関節炎こかんせつえんのために床についたきりで、樹皮の中にはいったダフネのように、全半身副木に固められていた。傷ついた牝鹿めじかのような眼をし、日影の植物のようなせた色をしていた。
彼は咒禁師の剣を奪いとると、再びはぎの咲き乱れた庭園の中へ馳け降りた。そうして、彼はがまたわむれかかっている一疋の牝鹿めじかを見とめると、一撃のもとにその首を斬り落して咒禁師の方を振り向いた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
もうなんでも野島のじまわたらずにはいられなくなりました。そこで夢野ゆめの牝鹿めじかめるのもきかずに、とうとう出かけて行きました。
夢占 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
いなけ始めた。恐ろしい悪夢から逃げるように。恐ろしい罪と恥とから逃げるように。彼女は、すべてを忘れて、若い牝鹿めじかのように、逃げた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
どこかで今朝はその眸を、人しれず、牝鹿めじかの眼のように泣き濡らしてでもいることか。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
牝鹿めじかのように敏感な岡さえがいっこう注意しない葉子の健康状態を、鈍重らしい古藤がいち早く見て取って案じてくれるのを見ると、葉子はこの素朴そぼくな青年になつかし味を感ずるのだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
せがたで小柄だが、いかにも健康そうであり、動作は若い牝鹿めじかのようにすばしこく、ちょっとしゃくれた、愛嬌あいきょうのある顔には、清らかな渓流のおもに見られるような、敏感で変化のある表情が
赤ひげ診療譚:06 鶯ばか (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そしていつも淡路あわじほうへ行ってあそんでいることがおおいので、夢野ゆめの牝鹿めじかはさびしがって、淡路あわじ牝鹿めじかをうらんでいました。
夢占 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
其処そこで、追い詰められた牝鹿めじか獅子ししとのように、二人はしばらくは相対していた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)