片肘かたひじ)” の例文
○机の上に片肘かたひじをついて煙草を吹かしながら、私は書き物に疲れた眼を置時計の針に遊ばせてゐた。さうしてこんな事を考へてゐた。
歌のいろ/\ (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
「どなた? ……」医家の尊厳を保つために、机の前へ帰って、片肘かたひじを乗せ、「ご病気でござるか、て進ぜよう、さあお上がりなされ」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かの女は、くぐり門に近い洋館のポーチに片肘かたひじもたせて、そのままむす子にかかわる問題を反芻はんすうする切ない楽しみに浸り込んだ。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
お民は片肘かたひじまくらに、和助に乳房ちぶさをくわえさせ、子供がさし入れるふところの中の小さな手をいじりながら、隣室からもれて来る話し声に耳を澄ました。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
宗近君は突然椅子いすを立って、机のかどまで来ると片肘かたひじを上に突いて、甲野さんの顔をいかぶすようにのぞみながら
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十三になるかならぬかのいくらか佝僂せむしのその少女は、きかれると片肘かたひじでKを突き、そばから彼の顔をじっと見た。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
彼は体の重みの半分以上も突き出るくらい無頓着むとんじゃくに身を投げだして休んでいて、ただ片肘かたひじをそのなめらかな崖ぎわにかけて落ちないようにしているだけなのであるが
彼は心の中でこう叫びながら、いまいましそうに原稿を向うへつきやると、片肘かたひじついてごろりと横になった。が、それでもまだ気になるのか、眼は机の上を離れない。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
石の卓に片肘かたひじをついている深水の演説口調を、三吉はやめさせたいが、彼女は上体をおこして真顔できいている。たかい鼻と、やや大きな口とが、すこしらくにみられた。
白い道 (新字新仮名) / 徳永直(著)
けれども彼はほとんど超自然的な力で片肘かたひじを立てた。そしてしばらくの間、まるで娘が誰かわからないように、けうとい視線をじっとすえながら、その顔を見つめていた。
大袈裟おおげさな事を片肘かたひじ張って言い出す仕末で、果ては、さあ僕と握手をしましょうと、しつこくおっしゃるので、父も母も、笑っていながら内心は、閉口していた様子でありました。
千代女 (新字新仮名) / 太宰治(著)
窓ぎわの、片肘かたひじの折れた肘掛椅子ひじかけいすすわっているのは、としころ五十ほどの、かみをむき出しにした器量のわるい婦人で、着古した緑色の服を着て、まだら色の毛糸の襟巻えりまきを首に巻いていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
兎も角も、お蔭さまで助かりますと、片肘かたひじに身を持たせて吸筒すいづつの紐をときにかかったが、ふッと中心を失って今は恩人の死骸の胸へ伏倒のめりかかった。如何にも死人しびとくさい匂がもうぷんと鼻に来る。
寝像の悪いナオミは、い巻きをすっかり剥いでしまって、両股りょうももの間にそのえりを挟み、乳の方まであらわになった胸の上へ、片肘かたひじを立ててその手の先を、あたかもたわんだ枝のように載せています。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「なんだっけ、ああ——」政は一と口啜ると、飯台へ片肘かたひじを突き、文次を斜から見あげるようにして云った、「あにいは小さいじぶん、女の子にちょっかいをだされたことがねえかっていうんだ」
あすなろう (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お綱がそうしていれば、弦之丞もいつまでも黙然として、舟べりへ片肘かたひじを乗せ、ジイと、水にうつる二日の月を見つめている。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お母さまは机の上に片肘かたひじを立て、額に軽くお手を当て、小さい溜息をおつきになり
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
座敷へ入って来てから、ここまでの所作を片肘かたひじつき、ほおを支えて、ちょうどモデルでも観察するように眼をすがめて見ていた逸作は、こう言うと、身体を揺り上げるようにして笑った。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「何か、詩を読んでちょうだい」と、ジナイーダは小声で言って、片肘かたひじをついた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
半ば体を起した男は、畳に片肘かたひじもたせたまま、当惑とうわくらしい眼つきを見せた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小野さんは片肘かたひじを放して、ぐるりと浅井君の方へ向き直る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのまま、しばらく欄干らんかんに、片肘かたひじをもたせて休んでいたお吉は、お米のことを思い消すと一緒に、より強く、良人おっとの万吉の安否がひしと胸にわいてくる。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僕は、カウンターに片肘かたひじをのせて立っているおかみさんの顔を見た。
眉山 (新字新仮名) / 太宰治(著)
つかまんを持していた弦之丞の片肘かたひじ、ピクリッと脈を打ったかのごとく動いて、こうに躍ってきた影をすくうかとみれば、バッ——とさやを脱した離弦りげん太刀たち
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ウム、ほかではないが」と啓之助、声と片肘かたひじを前へ落して、お米の顔をのぞきこむ。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
周馬はといえば、今や、構えを取った銃先つつさきの焦点へ全念をこらしかけていたので、それとは気づかずに指へ力をこめかけると、いきなり、伸びて廻った万吉の足が、ウム! とその片肘かたひじを蹴払った。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)