炉辺ろばた)” の例文
旧字:爐邊
炉辺ろばたは広かった。その一部分は艶々つやつやと光る戸棚とだなや、清潔な板の間で、流許ながしもとで用意したものは直にそれを炉の方へ運ぶことが出来た。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ぎっしりとつまった本棚に囲まれた洋風の書斎に、炉辺ろばたに椅子を相対して坐した二人。主人は衣川柳太郎、客は清川純きよがわじゅんである。
正義 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
太吉は炉辺ろばたに坐って、青竹を切って笛を造りながら、杉の葉や枯れた小枝を手折たおってはこれに火を焚付たきつけて、湯を沸して町から母の帰るのを待っていた。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
囲炉裏に笹の葉を焚いて、あたりが暖くなったためか、炉辺ろばたでコオロギが鳴き出した。笹の葉を焚くのだから、真冬のほたのようなさかんな火になる気遣きづかいはない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
辻町糸七は、ぽかんとしていた仕入もの、小机のわきの、火もない炉辺ろばたから、縁を飛んで——跣足はだしで逃げた。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
越後では炉の片側の燃料置場を、タキジロまたはキジロという語がある。是が炉辺ろばた下座しもざを意味する木尻きじりと混合して、まきを置く所をキジリという例はまた多いのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかし家の中の体裁は、前と少しも変ったところがなく、飼猫は例のごとく炉辺ろばたにうずくまって、ごろごろ喉を鳴らしており、そして冬の日射しが柔かく窓硝子を染めていた。
(新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
と言つて、だるさうに炉辺ろばたから立つて来て、風呂敷包みを受取つて戸棚の前に行く。海苔巻でも持つて行くと、不取敢とりあへずそれを一つ頬張つて、風呂敷と空のお重を私に返しながら
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
また炉辺ろばたへ帰った米友は、火を引いて鍋を自在からこころもち揺り上げました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
敬之進は顔をしかめた。入口の庭の薄暗いところに佇立たゝずんで居る省吾を炉辺ろばたまで連れて来て、つく/″\其可憐な様子をながなが
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ガタビシする入口の戸を開けると、其処から見透すとほしの台所の炉辺ろばたに、薄暗く火屋ほやの曇つた、紙笠の破れた三分心の吊洋燈つりらんぷもとで、物思はし気に悄然しよんぼりと坐つて裁縫しごとをしてゐたお利代は
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
家族が食事したり、茶を飲んだり、客を迎えたりする炉辺ろばたの板敷には薄縁うすべりを敷いて、耕作の道具食器の類はすべてそのあたりに置き並べてある。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
洋燈は細目に暗く赤くとぼっていた。お雪は頭を持上げて、炉辺ろばたに寝ている下婢を呼起そうとした。幾度も続けざまに呼んだが、返事が無い。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その内に、炉に掛けた鍋は沸々と煮起にたって、蓋の間から湯気が出るようになる。うまそうな汁の香が炉辺ろばたに満ちあふれました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
熱い灰の中で焼いた蕎麦餅そばもちだ。草鞋穿わらじばき焚火たきびあたりながら、その「ハリコシ」を食い食い話すというが、この辺での炉辺ろばたの楽しい光景ありさまなのだ。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一人の農夫が草鞋穿わらぢばきまゝ、ぐいと『てツぱ』(こつぷ酒)を引掛けて居たが、やがて其男の姿も見えなくなつて、炉辺ろばたは唯二人の専有ものとなつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
お妻の父親おやぢもわざわざやつて来て、炉辺ろばたでの昔語。すゝけた古壁に懸かる例の『山猫』を見るにつけても、くなつた老牧夫のうはさは尽きなかつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
庭を上ると、直ぐそこは三尺四方ばかりの炉を切った部屋で、炉辺ろばたには年若な書生が待っていた。この書生は三吉が教えに行く学校の生徒であった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お島はなぐさみにするめんでいた。乳呑児の乳を放させ、姉娘に言って聞かせて、炉辺ろばたの戸棚の方へ立って行った。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
先生のような清潔好きれいずきな人が、よくこのむさくるしい炉辺ろばたに坐って平気で煙草がめると思われる程だ。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私達は小屋へ入って、疲れた足を洗い、脚絆きゃはんのままで炉辺ろばたくつろいだ。W君は毛布を身にまといながら
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
岩村田で馬車を下りて、それから猶山深く入る前に、私はある休茶屋の炉辺ろばたで凍えた身体を温めずにはいられなかった位である。一里半ばかりの間、往来する人もまれだった。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
幼い時の記憶は遠く郷里の山村の方へ彼を連れて行って見せた。広い玄関がある。田舎風の炉辺ろばたがある。民助兄の居るくつろぎのがある。村の旦那衆だんなしゅうはよくそこへ話し込みに来ている。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
田舎の炉辺ろばたで灰をきならすと同じ手付でお母さんは兄とむかい合った長火鉢の灰を丁寧に掻きならしながら、郷里の方に残して置いて来た嫂や、孫娘や、年とった正直な家僕の噂をした。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
古風な門、薬の看板なぞは元のままにある。家へ入ると、高い屋根の下で炉辺ろばたの火が、先ず三吉の眼に映った。そこで彼は幸作の妻のお島や下婢おんなった。お仙も奥の方から出て来た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お島が炉辺ろばたへ行って子供に牛乳をくれようとすると、時にはそれが淡い緑色に凍って、子供に飲ませることも出来ない。台処の流許ながしもとに流れる水は皆な凍りついた。貯えた野菜までも多く凍った。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
回想は又、広い台所の炉辺ろばたの方へもおげんの心を連れて行って見せた。高い天井からは炉の上に釣るしたすすけた自在鍵じざいかぎがある。炉にく火はあかあかと燃えて、台所の障子にも柱にも映っている。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と母親は手土産てみやげを出して、炉辺ろばたに置きました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)