気懸きがか)” の例文
旧字:氣懸
貞時はあまりに筒井が頭をつかいすぎはしないか、暇もなくはたらいては手をいためるようなことがないかと、それが気懸きがかりだった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その姿も見えないほどな数の中にぼっして彼は善戦に努めていたが、ただ主人官兵衛の身だけがうしろの気懸きがかりであるらしかった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
怪漢は縛られたまま廊下に俯伏うつぶせになって転がっていたが、動こうともしない。その横をすりぬけて、私達は気懸きがかりの事件の部屋へ行ってみた。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ただ御本を読むのなら、何も錠までおろさなくてもと、そんな一寸したことまでが、気懸きがかりの種になるのでございます。
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あなたが、恋をしたとしますよ、するとですね、彼女があなたを如何に思っているかというのが、気懸きがかりでしょう。
白金神経の少女 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
彼の心もその家のように震えていた。家の内外の空気の流れ、床板のきしり、聞きなれたかすかな物音、それらを気懸きがかりそうにうかがった。どれにも皆聞き覚えがあった。
懇意になりかけたマスタアやボオイたちの手前、病人の葉子を置き去りにするのも、体裁が悪かった。K——博士との関係が、どこまで進んでいるかも気懸きがかりであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
はははあんなにかた請合うけあってくだされたが、はたして懐剣かいけん遺骸いがいと一しょはかおさめてあるかしら……。』そうおもうとわたくしはどうしてもそれが気懸きがかりで気懸きがかりでたまらなくなりました。
玉脇の妻は、もって未来の有無をうらなおうとしたらしかったに——頭陀袋ずだぶくろにも納めず、帯にもつけず、たもとにも入れず、角兵衛がその獅子頭ししがしらの中に、封じて去ったのも気懸きがかりになる。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
作者は本篇の主人公がかつかつ六等官に過ぎないということが既に気懸きがかりなのである。
しかしそんなことは、私は何の気懸きがかりもなかった。級長の上野が、私より学力が劣っていてどうだとか、なんて云って私をおだてる同級生もいたのだが、私にはそんなことはどうでもよかった。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
出て来られた日には大変な事になるとおもって誠に気懸きがかりであった。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
一郎は急に何だか気懸きがかりになってきた。
劇団「笑う妖魔」 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そればかりが気懸きがかりになりました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
髯男ひげおとこは、それが、なんとなく気懸きがかりになったので、手早く解いてみた。その中から、ゴロリと転りだしたのは、真黒の、三つの防毒マスクだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
手紙の後の方は、いっそ読まないで、破りてて了おうかと思ったけれど、どうやら気懸きがかりなままに、居間の小机の上で、兎も角も、読みつづけた。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「ただ、それが、幕吏の手へ渡ると、他人に迷惑をかけねばならんので、それだけが、気懸きがかりであったが……」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼がやっつけた人々は、往来で彼に挨拶あいさつをした。ある時彼は顔をしかめた気懸きがかりな様子で、雑誌社にやって来た。そしてテーブルの上に一枚の訪問名刺を投げ出しながら尋ねた。
尾鰭おひれはのらのらと跳ねるなれども、ここに、ふと、世にも気懸きがかりが出来たじゃまで。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それはなにか気懸きがかりな話ではあったが、そういう申出もうしいでには愛情のおもいりがこうのようににおうてくるようでもあった。筒井はいつでも、そんなふうに申し出ることですぐれているものを持っていた。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
この草内くさちに留まって一休みしたのは、夜来の疲れもあったが、かたがた、筒井順慶つついじゅんけいの向背が気懸きがかりだったことにもよる。筒井家と明智家とは姻戚の関係がある。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女のうちに曖昧あいまい気懸きがかりな何かを、認めたからであったろうか? しかしそれは他の場合であったら、彼にとっては、ますます愛するようになるべき一つの理由であるはずだった。
恰度ちょうどそのころ、彼には鳥渡ちょっと気懸きがかりな事件が生じた。それは家扶かふ孫火庭そんかていが、一週間ばかりというものは、行方不明になったことだった。彼に行かれては、漢青年は浮木ふぼくにひとしかった。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
正直者の朝成は、気懸きがかりになり出した。ままよ、彼の頼みを取次いでやればすむわけである。六波羅へも、なんぼなんでも余り、足を絶ち過ぎていた。こんな折こそ、口実にもなる。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まあ!」と彼女は気懸きがかりそうに言った、「また恋したのに違いない!」
僕はなんとなくこの机の主のことが気懸きがかりになった。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)