板葺いたぶき)” の例文
板葺いたぶきの屋根は朽ち乾いて松毬まつかさのようにはぜ、小さな玄関の柱やはめ板は雨かぜにさらされて、洗いだしたように木目が高くあらわれていた。
日本婦道記:糸車 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
木曾路きそじの紅葉を思わせるような深い色の日は、石を載せた板葺いたぶきの屋根の上にもあった。お種は自分が生れた山村の方まで思いやるように
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その村の板葺いたぶき屋根が、木の間がくれにちらちら光っている、ちょうどそのあたりで、高地の紺青色こんじょういろが、近くの鮮かな緑色にとけこんでいる。
町へはいって板葺いたぶきの低い家並みの後ろに、裸木の雑木山が、風の無いぽか/\日に照らされて居るのを見ると、如何にも早春らしい気がする。
(新字新仮名) / 岩本素白(著)
板葺いたぶき屋根の一かたまりが小さく眺められ、その側を流れる渓流をさしはさんで、直ちに前方の山々が同じ紅葉の錦に覆われて重なり聳えていた。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
香取秀真氏が大学病院で詠まれた歌に「風の音あめのしづくの音聞かむ板葺いたぶきやねを恋ひおもふかな」というのがあった。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
こわれた板塀やら竹垣根が乱雑とつづいている。手入れの見えない草や木の間に、黒い棟と板葺いたぶきの屋根と壁と——同じような家ばかりが幾つも見えた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其は他の下級将校官舎の如く、板塀いたべいに囲われた見すぼらしい板葺いたぶきの家で、かきの内には柳が一本長々とえだれて居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
これに反して団子坂に近い処には、道の東側に人家が無く、道はがけの上を横切っていた。この家の前身は小径を隔ててその崖に臨んだ板葺いたぶきの小家であった。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
屋上やねの雪は冬のうちしば/\掘のくる度々に、木鋤こすきにてはからず屋上やねそんずる㕝あり。我国の屋上やねおほかたは板葺いたぶきなり、屋根板は他国にくらぶればあつひろし。
知らぬ間に荒れた板葺いたぶきのひまから月が洩れて、乳児ちごの顔にあたり、それを無気味に青ざめさせていた。
姨捨 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
神主の祝詞のりとが「聞こし召せと、かしこみ、かしこみ」と途切れ途切れに聞える時には、素朴な板葺いたぶきのかけ茶屋の前を通って、はや小御岳神社へともうでるころであった。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
初めはいかめしい築地ついじの邸がつゞいていたのが、だん/\みすぼらしい網代あじろへいや、屋根に石ころを置いたびしい低い板葺いたぶきの家などになったが、それも次第にまばらに
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
往来の砂をかすめるばかり、板葺いたぶき檜皮葺ひわだぶきの屋根の向こうに、むらがっているひでりぐもも、さっきから、凝然と、金銀銅鉄をかしたまま、小ゆるぎをするけしきはない。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
干物ほしものは屋根でする、板葺いたぶき平屋造ひらやづくりで、お辻の家は、其真中そのまんなか、泉水のあるところから、二間梯子にけんばしごを懸けてあるので、悪戯いたずらをするなら小児こどもでも上下あがりおりは自由な位、干物に不思議はないが、待て
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その窓の横には「やもり」が一疋いっぴき這ふて居る。屋根は板葺いたぶきで、石ころがいくつも載せてある。かういふ家が画の正面の大部分を占めて居つて、その家は低い石垣の上に建てられて居る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そこに下見囲したみがこい板葺いたぶきの真四角な二階建がほかの家並を圧して立っていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
雪国のならいで、板葺いたぶきの軒は低く、奥の方は昼も薄暗い。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その地所には板葺いたぶきの小屋が建っていました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
鼠色の雲におおわれた空から、それはまっすぐに降って来て、板葺いたぶきのはしゃいだ屋根を叩き、すっかり朽ち割れているひさしを叩いた。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
板葺いたぶきの屋根の上に降積つたのが掻下かきおろされる度に、それがまた恐しい音して、往来の方へ崩れ落ちる。幾度か丑松は其音の為に驚かされた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
屋上やねの雪は冬のうちしば/\掘のくる度々に、木鋤こすきにてはからず屋上やねそんずる㕝あり。我国の屋上やねおほかたは板葺いたぶきなり、屋根板は他国にくらぶればあつひろし。
縁でながめても、二階から伸上っても、それに……地方の事だから、板葺いたぶき屋根へ上ってみまわしても、実は建連たてつらなったにぎやか町家まちやに隔てられて、その方角には、橋はもとよりの事、川のながれも見えないし
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
板葺いたぶきの屋根、軒廂のきびさし、すべて目に入るかぎりのものは白く埋れて了つて、家と家との間からは青々とした朝餐あさげの煙が静かに立登つた。小学校の建築物たてものも、今、日をうけた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
風雪を防ぐ為に石を載せた板葺いたぶきの屋根を見ると、深山の生活も思いやられます。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
三吉が妻子を連れて移ろうとする家の板葺いたぶき屋根は新緑の間に光って見えて来た。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)