朽葉くちば)” の例文
朽葉くちば一枚こぼれても、カラカラとひびく山中の静寂しじま——、それはだいぶ遠いらしいが、世阿弥の耳へは怖ろしく近く聞こえてくる。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やや大柄な童女が深紅しんくあこめを着、紫苑しおん色の厚織物の服を下に着て、赤朽葉くちば色の汗袗かざみを上にした姿で、廊の縁側を通り渡殿わたどの反橋そりはしを越えて持って来た。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
墓石からもしぼんだ花からも、秋の朽葉くちばの匂いをまじえて、罪のゆるし、悲哀、それから安息がいぶいて来るのだった。
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
踏みにじませる朽葉くちばの匂いに酔うて、わたくしはゆくりなく只今と似たような恍惚の光景にあたりを感じ得ました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかしそのままに口を結んでは帰られないので、彼は朽葉くちば色の直衣の袖をかきあわせながらしずかに言い出した。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そこでみんなは色々の農具をもって、まず一番ちかい狼森オイノもりに行きました。森へ入りますと、すぐしめったつめたい風と朽葉くちばにおいとが、すっとみんなをおそいました。
狼森と笊森、盗森 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
笹村の前には、葱青あさぎ朽葉くちば、紺、白、いろいろの講中こうちゅうの旗のるされた休み茶屋、綺麗に掃除をした山がかりの庭の見えすく門のある料理屋などが幾軒となくあった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
藍やひわ朽葉くちばなど重りあって縞になった縁をみれば女の子のしめる博多の帯を思いだす。
折紙 (新字新仮名) / 中勘助(著)
積る朽葉くちばにつもる雪、かきのけ/\さがせども、(中略)ああ天我をほろぼすかとなみだと雪にそでをぬらし、是非ぜひなく/\も帰る道筋、なはからげの小桶こをけひとつ、何ならんと取上げ見れば
案頭の書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
……らすほどそのなかから赤や青や朽葉くちばの色が湧いて来る。今にもその岸にある温泉や港町がメダイヨンのなかに彫り込まれた風景のように見えて来るのじゃないかと思うくらいだ。
(新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
しかもその部屋の広さが限りない上に、燈火ともしびの光もなく、何の飾りもなく、足下あしもとにはじゅうたんのかわりに、名も知れぬ気味きみ悪いかずらいばらが、積もり積もった朽葉くちば枯枝かれえだの上にはいまわっています。
夢の卵 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
落葉、朽葉くちばうずたかく水くさき土のにほひしたるのみ、人の気勢けはいもせで、えりもとのひややかなるに、と胸をつきて見返りたる、またたくまと思ふひとはハヤ見えざりき。何方いずかたにか去りけむ、暗くなりたり。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
土と朽葉くちばのにおいがつめたく鼻をついて、湖があったり、まきをしょった女が小路に自動車をよけていたり——そのうちに森を出たと思ったら、いきなり宿場みたいなほこりくさい町の真ん中へ停めて
踊る地平線:04 虹を渡る日 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
日もすがら朽葉くちばする湯をあみて心しづめむみづからのため
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
紅梅、朽葉くちばの色ゆりて
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
朽葉くちばがしたにとちの實を
樹木とその葉:09 枯野の旅 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
いつか、二人の降りてきた道は、風の騒がしい竹林をうねっていて、草鞋わらじの裏から、やわらかな朽葉くちばの湿ッぽさがジメジメと感じてくる。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
派手はでな色でない山吹やまぶき色、黒みのある紅、深い紫、青鈍あおにびなどに喪服を着かえさせ、薄紫、青朽葉くちばなどのを目だたせず用いさせた女房たちが大将の給仕をした。
源氏物語:40 夕霧二 (新字新仮名) / 紫式部(著)
あいひわ朽葉くちばなどかさなりあってしまになった縁をみれば女の子のしめる博多はかたの帯を思いだす。
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
しもの下りる朝ごとに黄葉朽葉くちばを増し、風もなきに、かつ散る。
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
松の朽葉くちばは掃かれ、柳の根がたには、水がそそいであった。これを見るも、彼が途上の楽しみの一つらしかった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一夜あけると、大蔵の邸は、花嫁の輿の道すじから、門前門外、すべて敷砂しきすなされ、新郎新婦の起居する一殿の欄下らんかを流れる小川の朽葉くちばまで、底の透くほど、きれいに清掃されていた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庭番の者が、朽葉くちばでもいているのかと思っていたが、よくよく見ると、炭焼窯すみやきがまを小さくしたような土窯どがまがそこに築かれてある。そして火口のまえに、ひとりの男が火をのぞきながらかがみこんでいた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつのまにか、そこは、黒、朽葉くちば、鼠色の人影でうずまってしまう。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)