微行しのび)” の例文
夜は、小御所の内殿ないでんで、饗応がひらかれた。それも、そっとの催しで、微行しのびの吉田大納言は、次の日、さっそく、京へ帰って行った。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
微行しのびの旅ではあり、また関ヶ原の真中で、そう贅沢ぜいたくな宿が取れるはずはないが、それにしてもこの座敷は、さように粗末なものではない。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
微行しのびといっても、この間とは違って表向きに父の許しをうけて出るのであるから、きょうは荷をかつぐ中間のほかに侍女二人を連れていた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「夜明けのせいか、めっきり冷えが増して参ったように厶ります。お微行しのびのあとのお疲れも厶りましょうゆえ、御寝ぎょしん遊ばしましてはいかがで厶ります」
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
前駆をさせるのにむつまじい者を選んだ十幾人と随身とをあまり目だたせないようにして伴った微行しのびの姿ではあるが
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
明くれば十月九日、三代將軍徳川家光は近臣十二名を徒へ、微行しのびの姿で雜司ヶ谷へ鷹狩に出かけました。
ことさら、浪路さまは、今夜こそお微行しのびなれ、大奥の御覚え第一、このお方の御機嫌さえ取って置こうなら、どんなとうといあたりにも、お召しを受けることも出来よう。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
備前の新太郎少将が、ある時お微行しのびで岡山の町を通つた事があつた。普魯西プロシヤのフレデリツク大王は忍び歩きの時でも、いつもにぎふとステツキり廻して途々みち/\なまものを見ると
たびたびお微行しのびで茶碗屋の暖廉のれんをくぐったが、それがいつしか泰軒を訪れるというよりも
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
△△の殿様がお微行しのびで陶器を買いに来てこれを置いて行ったのですよ。
ある日の蓮月尼 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
殿のお微行しのび近習きんじゆまで
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
銀杏形いちょうなりの忍び笠の上から、さらに頬かぶりの布をあごの下でむすび、どこかの郷士らしい風采に見えるが、それは高氏の微行しのびの姿だった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わざと多くのともをつれないで、微行しのびていの遠乗りであったが、そのうちの一人が、たくましい下郎に槍を立てさせていました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
源氏は微行しのびで移りたかったので、まもなく出かけるのに大臣へも告げず、親しい家従だけをつれて行った。
源氏物語:02 帚木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
上座に直したしとねのうえに導かれて来たのは、目の底に静かな光りの見える微行しのび姿の豊後守でした。
微行しのびじゃで御苗字は申さぬが、これは当時この都に隠れもない御大身の御息女でおわしますぞ。仮りにも無礼を働いたら、おのれが首も手足もばらばらに引き放されてしまうと思え。さあ、退け。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もとより微行しのびであった。道家どうけ家でも、主人とほんの家族しか近づいてはいないらしい。藤吉郎は、他の相役と、たまりを作って休んでいた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
微行しのびで旅に出たとはいえ、甲州一国を押えている力は何かにつけて物を言う。金力が時、所を超越して、権力以上に物を言う場合が大いにある。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私のように親しい者の所へは微行しのびででもおたずねくださればいいと恨めしい気になっている時もあります
源氏物語:29 行幸 (新字新仮名) / 紫式部(著)
微行しのびでどこかへお遊びに来ていらっしゃると見えましてね、そこへの御用の帰りにあそこの角迄やって来たら、あの四人連れがひょっこりつら出しやがって、やにわと因縁つけやがるんですよ。
更に、この御隠居には、妙な一ぺきがあって、微行しのびで、歩く時など、自分で自分の鼻をつまみ、少し反り身になったと思うと
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで、お角は早くも、これはしかるべき大身のさむらいが、微行しのびで、ここへ参詣に来たものだなと感づきました。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ちょうどそのころ薫中将は、長く宇治へ伺わないことを思って、その晩の有明月ありあけづきの上り出した時刻から微行しのびで、従者たちをも簡単な人数にして八の宮をお訪ねしようとした。
源氏物語:47 橋姫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「そろそろその時刻じゃ。微行しのびの用意せい」
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
当夜、主人忠盛とともに、上皇のお微行しのび扈従こじゅうして、偶然、そのときに居合わせた者なのだ。ただひとりの目撃者として。
この怪物の方でも、当時の見物の中に、あの時お微行しのびで通った彼地かのちのお歴々としてのこのお客様の姿形を、頭に残していようはずはないにきまっている。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
微行しのびで、しかも前駆には親しい者だけを選んで源氏は大井へ来た。夕方前である。
源氏物語:18 松風 (新字新仮名) / 紫式部(著)
微行しのびで三丁の駕籠のあとを追いました。
思えば、日野殿(蔵人)との御密談も足利の地においてうけたまわりたい。他日もしお微行しのびの御東下あらば、父をも加え、いかようにも計らわん
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あすこにはお歴々の方がお微行しのびで大勢休んでおいでなさるんだ、なんでもお奉行のお方や、与力の方で、いずれも飛ぶ鳥を落す御威勢のお方なんだそうだ。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
微行しのびとして来たのであるが行幸みゆきにひとしい威儀が知らず知らず添っていた。
源氏物語:29 行幸 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「追うて来た者があるとすれば、それはかならず左馬介さまのすけ光春であろう。光春はきのうわしの微行しのびを止めたい顔しておった」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでも、年の頃は三十前後の品格のある武士で、微行しのびではあるが旗本とすれば身分の重い方、ことによったら大名の若殿でもありゃしねえかと、こう睨んで来た奴がある
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「それではしかたがない、そっと微行しのびで行ってみよう」
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
近習に様子を見せにやるのももどかしいと思ったか、微行しのび頭巾に無紋の服、二、三人の若侍を連れて、騎馬ぞろいで外桜田の方角へ一鞭当てる——
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そんな気取ったことをおっしゃるな、かえってお微行しのびのようで、いいじゃありませんか」
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
勿論、三好家のたちまでは、いつものような東国侍の微行しのびすがたで、そこで式服に改め、室町の柳営りゅうえいへ出向いたので、まったく誰も知らぬ会見であった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黄門様のお微行しのびであるとか、お大名の名代みょうだい、聖堂の先生とでもいった経歴がありますと、みんな感心して聞くんでございますが、なあに、あいつは百姓だ、百姓が何を言うと
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「こたびは、ほんの微行しのびの上洛。それに尾張の田舎者、何ひとつ、都人のお目に珍しき国産とてもござりませぬが」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
極めて微行しのびの形式で、関西の名所めぐりということになっているが、その実は、やっぱりあの胆吹山いぶきやまの麓に根を張っている、やんちゃ娘の女王様の動静が、さすがに親心で気にかかる
北の中門の外に、お微行しのび鳳輦くるまが横づけになっているではないか。法皇は、ひそかにお出御でましになろうとしている。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ザラにあるお侍さんとは違って、ことによったら御城代様か御支配様あたりのお微行しのびかも知れないよ。早く行っておいで、柳屋に待っていらっしゃると御家来衆がお沙汰に来て下すったんだから
おおやけ惟任日向守これとうひゅうがのかみとしてははばかりあろうが、ひとりの凡人が、御山のあととむらう意味でなら何のさしつかえもあるまい。わしは明日、微行しのびでそっと山へ行きたい。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もっとも、わたしのあとをつけてみたのは、薩摩屋敷から品川へ出て、東海道の道筋を微行しのびといったようないでたちで、同勢僅か二人をつれて、こっそりと旅行中のことでございましたから、誰も
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
文左衛門をめぐる俳諧師や画家などと微行しのびであそびに行かれた先で、そんな風に染まって来たのではあるまいかと、ひそかに眉をひそめている家臣もある。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それが、どういう拍子で間違ったか、あの先生は、あれはつまりお微行しのびの先生だ、ああして浮世を茶にしてお歩きなさるが、実は昔の水戸黄門様みたいなお方に違いないと言い出すものがあると
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わざわざ都万つまさくまで来て、舟で行こうとしたことや、目立つほどな従者も連れていないのを見ても、よほど、どこかに気がねしている微行しのびらしくおもわれた。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
急に甲州有野村を微行しのびの旅のていで出立した藤原の伊太夫であります。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
法皇の行幸みゆきはなかったが、すでに、暮れる前から、鹿ヶ谷の俊寛しゅんかんの山荘には、新大納言以下、不平組の文官や武官が、おのおの、微行しのびのすがたで集まっていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
相当の身分ある者が、微行しのびでいくらも見に来ています。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)