寵児ちょうじ)” の例文
私は神のよほどの寵児ちょうじにちがいない。望んだ死は与えられず、そのかわり現世の厳粛な苦しみを与えられた。私は、めきめき太った。
答案落第 (新字新仮名) / 太宰治(著)
奥田は東京市の名市長として最後の光栄をひつぎに飾ったが、本来官僚の寵児ちょうじで、礼儀三千威儀三百の官人気質かたぎ権化ごんげであったから
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そのなかに、門族中の寵児ちょうじとして、愛され、びられ、へつらわれているのであるから、秀次の年頃として、思い上がっていたのはむりもない。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しずくばかりの音もせず——獅子はひとえに嬰児みどりごになった、白光びゃくこうかしらで、緑波りょくはは胸をいだいた。何らの寵児ちょうじぞ、天地あめつちの大きなたらい産湯うぶゆを浴びるよ。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
運命の寵児ちょうじであることがしかるべきことと思われる女王や女御よりも、明石の母と娘の前生の善果がこの日ほどあざやかに見えたこともなかった。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
かくて翌一八四二年には「リエンツィ」がドレスデン宮廷劇場に上演され、期待以上の成功を博して、ワグナーは一躍作曲界の寵児ちょうじとなったのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
そのくらいだから、京洛中では、それイサミがくると言えば泣く児も黙る、ああなると近藤勇もまた時代の寵児ちょうじだ。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そのために彼は長い間、宮廷音楽会の寵児ちょうじとなり、ほとんど偶像のように尊ばれた。なおピアノや他の楽器をも、いたって上手じょうずに演奏することができた。
何と言っても吉本さんは時代の寵児ちょうじの一人で、それに岡見は接近し過ぎるほどあの先輩に接近していたから。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そういう見地からいうと芭蕉は時代の寵児ちょうじだともいえます。が、それはどちらでもいいのであります。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
またこの不同不二ふどうふじ乾坤けんこん建立こんりゅうし得るの点において、我利私慾がりしよく覊絆きはん掃蕩そうとうするの点において、——千金せんきんの子よりも、万乗ばんじょうの君よりも、あらゆる俗界の寵児ちょうじよりも幸福である。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
明治時代の政権と金権とに、楽々とはぐくまれて来たさすが時代の寵児ちょうじであっただけに、その存在は根強いものであり、ある時は富士や桜や歌舞伎かぶきなどとともに日本のほこりとして
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
つづいて発表された第二、第三の諸作によって、彼は完全に文壇の寵児ちょうじとなり三十歳に達せざるに、社会はもはや彼が第一流の芸術家であることを認めないわけにはいかなかったのである。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
ごく幼少のころから彼は隅のほうに引っこんで、読書にふけることを好んだ。それにもかかわらず、彼は学校にいる間じゅう、全くみんなの寵児ちょうじといってもいいほど、仲間から可愛がられた。
天下みな非とするもこれを疑わざる自信力、みずから造化の寵児ちょうじを以て任じ、天民の先覚を以て居る大抱負、その荘容そうよう森貌しんぼうにして、巍々ぎぎ堂々たる風丰ふうぼう、その古今に通じ天人を極めたる博学精識
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
彼が処女作を発表すると、当時日本人の書いた探偵小説というものが殆どなかった読書界は、物珍らしさに非常な喝采かっさいを送った。大げさに云えば彼は一躍して読物界の寵児ちょうじになってしまったのだ。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
猿楽は寺坊の間から起ってこれらの将軍と公卿との寵児ちょうじとなり、更に慰楽に飢えた民衆一般の支持をうけ、遠く辺陬へんすうの地にまで其の余光を分った。能面の急激な発達はくして成就せられたのである。
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
小さい時分は一家じゅうの寵児ちょうじである「三毛みけ」の遊戯の相手としての「道化師クラウン」として存在の意義を認められていたのが、三毛も玉も年を取って、もうそう活発な遊戯を演ずる事がなくなってからは
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
末子として両親からなめるほど溺愛できあいもされ、葉子の唯一の寵児ちょうじともされ、健康で、快活で、無邪気で、わがままで、病気という事などはついぞ知らなかったその子は、引き続いて父を失い、母を失い
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
弟息子の梅麿うめまろは父の唯一の寵児ちょうじだつた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
神さまは、きっとどこかで見ています。僕は、それを信じています。あなたも、僕も、ともに神の寵児ちょうじです。きっと、美しい結婚できます。
葉桜と魔笛 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その時の美妙の返事は敗残者の卑下した文体で、勝誇った寵児ちょうじのプライドにちた昔の面影は微塵も見られないで惻隠そくいんに堪えられなかった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
それは無論です、日蓮が朝廷貴紳の寵児ちょうじでなく、東国の野人であることを、いまさら洗い立てを
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あたかもいにしえの聖賢のごとく、心は太虚たいきょに似、身は天地の寵児ちょうじのごとき気持だった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今や「レビュー仮面」は時の寵児ちょうじであった。発売元の出張所が、劇場の入口に設けられ、見物人は、切符と一緒に、その一箇いっこ十銭のセルロイド面を、買わねばならないようなことになってしまった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
空を飛ぶ神の白絹の御衣のおすそに触れて散るのである。私は三井君を、神のよほどの寵児ちょうじだったのではなかろうかと思った。
散華 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あんなのを買いかぶって、今の時代の寵児ちょうじかなんかに祭り上げてしまうから、こんなことになるんでげす、同郷のよしみで、わっしゃ気恥かしい、なあに、みんなコレですよ
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そうした時代の寵児ちょうじが、余りにも今日、遺されている事蹟の少ない点から見ても、彼の旅は、またその修行は、極めて地味な、——雲水的な、孤高独歩の境を好んで歩いたものであろう。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
君、いや、あなた、飛行家におなり。世界一周の早まわりのレコオド。どうかしら? 死ぬる覚悟で眼をつぶって、どこまでも西へ西へと飛ぶのだ。眼をあけたときには、群集の山さ。地球の寵児ちょうじさ。
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
まことに神の寵児ちょうじです。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)