塗盆ぬりぼん)” の例文
かえって口きゝ玉うにも物柔かく、御手水おちょうず温湯ぬるゆ椽側えんがわもって参り、楊枝ようじの房少しむしりて塩一小皿ひとこざらと共に塗盆ぬりぼんいだ僅計わずかばかりの事をさえ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
我存在の中心を古手の思想に託して、それみずから高しとしていたのだ。が、私の別天地はたとえば塗盆ぬりぼん吹懸ふきかけた息気いきのような物だ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
大村喜十郎は急に默り込んでしまひましたが、そつと婆やさんが平次に茶を出した塗盆ぬりぼんの上に指先で
おときはいそいそと台所に立って行って、塗盆ぬりぼんの上に四つのせてある柿に庖丁を添えて持って来た。艶々つやつやした果実の肌は、あかりの下にくもりのない色を光らせた。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
トお茶しましょうと出しかけた、塗盆ぬりぼんを膝に伏せて、ふと黙って、うばは寂しそうに傾いたが
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二三日すると帰り新参しんざんの丑之助君が、帰った時の服装なり神妙しんみょうに礼廻りをする。軒別に手拭か半紙。入営に餞別せんべつでも貰った家へは、隊名姓名を金文字で入れた盃や塗盆ぬりぼんを持参する。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
岸の上なる水茶屋には赤き塗盆ぬりぼん手にして佇立たたず茶汲ちゃくみの娘もろとも、床几しょうぎいこふ人々面白げに大道だいどう芸人が子供集めて長き竹竿たけざおの先にたらい廻しゐるさまを打眺めたり。ちゅうの巻ここに尽く。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
腰を真二つに折りかがめていたが、右手に支えた塗盆ぬりぼんの上にすすけた土瓶と粗末な茶碗二個ふたつとを載せて、左手にはカステラを山盛りにした菓子器を捧げながら、ヨチヨチと大卓子テーブルに近づいて
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
先日こなひだ大阪のある会社が、大勢の東京商人あきんど堺卯さかうで御馳走した事があつた。その折洒落しやれ塗盆ぬりぼんの上に小さな紙包が載せられて、それ/″\お客の前に持ち出された。紙包には「御焼物おんやきもの」と書いてあつた。
みせ女房にようばうすこげた塗盆ぬりぼんみづを一ぱいんだ飯茶碗めしぢやわんせて
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
娘が塗盆ぬりぼんに茶をのせて、「あの、とちもち、あがりますか。」「駕籠屋さんたちにもどうぞ。」「はい。」——其処そこに三人の客にも酒はない。皆栃の実の餅の盆を控えていた。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
暗い中から白い服装なり、麻の葉いろの巻つけ帯で、草履の音、ひた——ひた、と客を見て早や用意をしたか、蟋蟀きりぎりすかじった塗盆ぬりぼんに、朝顔茶碗の亀裂ひびだらけ、茶渋でびたのを二つのせて
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前面むかいの喫茶店は、貴婦人社会に腕達者の聞え高き深川子爵何某なにがし未亡人びぼうじん綾子あやこといえる女丈夫にてこの会の催主なり。三令嬢一夫人をしたがえて、都合五人の茶屋女、塗盆ぬりぼん片手に「ちょいと貴下あなた。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)