執着しゅうちゃく)” の例文
はややくにもたたぬ現世げんせ執着しゅうちゃくからはなれるよう、しっかりと修行しゅぎょうをしてもらいますぞ! 執着しゅうじゃくのこっているかぎ何事なにごともだめじゃ……。
ここでは旧套きゅうとうの良心過敏かびん性にかかっている都会娘の小初の意地も悲哀ひあい執着しゅうちゃくも性を抜かれ、代って魚介ぎょかいすっぽんが持つ素朴そぼく不逞ふていの自由さがよみがえった。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
然しトルストイは理想を賞翫しょうがんして生涯をおわる理想家で無い、トルストイは一切の執着しゅうちゃく煩悩ぼんのうを軽々にすべける木石人で無い
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
中気になってから書いた、宗方善五郎の乱れる筆跡のうちに、生命に対する根強い執着しゅうちゃくと、有峰杉之助に対する恐怖がありありと読み取れるのです。
ともに追わるる身の、やがて必然的に放れ離れになる日を覚悟して、僅かに残る幾日かの生への執着しゅうちゃくを能うるかぎりむさぼりつくしたいと考えたからだった。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
悠久ゆうきゅうなる天地の間にいかに自己が小なものかということを強く強く考えて見たまえ。卑俗ひぞくな欲望にあせって自我じが執着しゅうちゃくするのが馬鹿らしくなってくるよ。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
自分の勝手さだけで、子供をなくしたくない執着しゅうちゃくが強くなり、今朝、産院を出て来たばかりだのに、さっきから、赤ん坊の事が気にかかって仕方がないのだ。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
人間の慾のなかで、一番大きくかつ一番根強ねづよい慾、すなわち生命に対する執着しゅうちゃくを去って、無形に帰れと教える。つまり、はじめから命のらない流儀である。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
さながら臆病者のごとく、釣瓶つるべにすがって古井戸の中へすべるが如く影を沈めてしまった。そこの冷気はいよいよ生の執着しゅうちゃくをつのらせ、急にわくわくと総身がふるえて来た。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
じつをいうと、ぼくはあんな貧弱な美術室に、いつまでも執着しゅうちゃくしているわけにはいかないのだ。ぼくはいそがしい。じつは今、もっと大きなものに手をそめかけているのだ。
怪人二十面相 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
こんな拷問ごうもんに近い所作しょさが、人間の徳義として許されているのを見ても、いかに根強く我々が生の一字に執着しゅうちゃくしているかが解る。私はついにその人に死をすすめる事ができなかった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
めいめいの慾と執着しゅうちゃくとに、魂を、燃やしている頃、この屋敷から程近い、とある普請場ふしんばの板がこいの物影に、何やら身を寄せ合うようにして、ひそひそと物語っている男女の影——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
と寛一君はひとのことだから執着しゅうちゃくがない。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
私たちの話題は、やはり金博士と、そして博士よりロッセ氏に与えられた奇怪なる謎々とに執着しゅうちゃくしていた。
こちらの世界せかい引移ひきうつってからのわたくしどものだい一の修行しゅぎょうは、るべくはやみにく地上ちじょう執着しゅうちゃくからはなれ、るべくすみやかにやくにもたぬ現世げんせ記憶きおくからとおざかることでございます。
トンカツにめぐり会わない日本人はようやくその代用品を見つけて、衣を着た肉の揚物あげものに対する執着しゅうちゃくたすだけで我慢しなければならぬ。それはこうしの肉のカツレツである。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
おのれを以て人を推せば、先祖代々土の人たる農其人の土に対する感情も、其一端いったんうかがうことが出来る。この執着しゅうちゃくの意味を多少とも解し得るかぎを得たのは、田舎住居の御蔭おかげである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そしてもいちど、あの浮世の中へただよってみたいと思う執着しゅうちゃくに、涙がぼろぼろながれて来た。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さもなくて、伊豆屋からお油御用を取り上げて筆屋幸兵衛へ用命しようなどと、さような小事にさほどまで執着しゅうちゃくさるるはずはないと、イヤ、これは、越州一個の考えでござるが——
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
浅薄せんぱくな希望に執着しゅうちゃくがあるのだ。命の惜しいのをはじるような考えからいつわりが出るのだ。人間命の惜しいのは当たり前だ。ただ命は惜しんでもしかたがないから考えねばならない。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
執着しゅうちゃく威嚇いかく——それから、その女が、耳にしたという秘密が、実は、どんなものであるか——つまり雪之丞自身の本体がなにもので、いかなる大望に生きているか、敵はだれだれで、味方は何人か
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
儂があの時覗いた竹花中尉の『死』への反発『生』への執着しゅうちゃくれあがった相貌そうぼうは、あさましいというよりは、悪鬼のように物凄いものだった。さすがの儂も眼をおおった。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「後生願わん者は糂粏甕じんたがめ一つも持つまじきもの」とは実際だ。物の所有は隔てのもとで、物の執着しゅうちゃくは争のである。儂も何時しか必要と云う名の下に門やら牆やら作って了うた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)