円味まるみ)” の例文
円味まるみを帯びた柔かな声で流暢りゅうちょうにリーダーを読みおわった先生は、黒い閻魔帳えんまちょうをひらいて、鉛筆でそっと名列の上をさぐっている。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
当てもなく卓子テーブルの上を払うと、何か円味まるみのものがひやりとふるえる手先に触れた。彼はそのまま握りしめたが、それは毎晩そばへおくピストルだった。
孤独 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
それから一段低く六つ七つの岩峰が一列に押し並んで、円味まるみを帯びた峰頭を北に傾けて、稽首けいしゅしているかのさまがある。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
すぐ傍に坐っている顔の蒼いほど色の白い、華奢きゃしゃ円味まるみを持った、おとがいのあたりがおとなしくて、可愛かわいらしい。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そして一度開いた目を閉じて、美しく円味まるみを持った両の腕を頭の上に伸ばして、寝乱れた髪をもてあそびながら、さめぎわの快い眠りにまた静かに落ちて行った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
身体中に神経がピンときびしく張ったでもあるように思われて、円味まるみのあるキンキン声はその音ででも有るかと聞えた。しかしまたたちまちグッタリ沈んだていかえって
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
びっくりしておどろいている間にその円味まるみをおびたものはだんだん小さくちぢんでいって、やがて消えてしまった——と、こういう風に二次元世界では感ずるのです。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この丘の頂上は、とがった峰でもなく、大きな円味まるみを持った天辺てっぺんでもなく、かなり広い平地、つまり高台になっていて、少し向うの方に、納屋なやのある家が一軒建っていた。
五月初旬の初夏のに、汗ばんだ額を拭こうとしてか、締め緒を解いて笠を脱いだ、りつけて細い一文字の眉、愛嬌こぼれる円味まるみはないが、妖婦型バンプがたさながらの切れ長の眼
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
古来鳥居奥村両派のに見たる太くして円味まるみある古風の線は今や細く鋭く鮮明となり、衣裳の模様は極めて綿密に描きいだされその色彩はいはゆる吾妻あずま錦絵の佳美を誇ると共に
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一人の女と一人の女形おやま、その美しい円味まるみ、匂いこぼれるようななまめかしさ、悩ましさはともかくとして、おりふし「青楼十二時」でもひもどいて、たつこくの画面に打衝ぶつかると、ハタと彼は
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
下には直ぐに、薄桃色の曲線と、円味まるみを持ったおもてとが、三十年近く生きて来て、たるんでいた。毛穴が、早春の地中海の夜気を呼吸して、全体をすこし粟立あわだたせているように、私は観察した。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
障子外の縁を何処までも一直線に突当つきあたって、直角に折れ曲って、また片側かたがわを戻って、廊下通りをまたその縁へ出て一廻り……廻ると云うと円味まるみがあります、ゆきあたり、ぎくり、ぎゅうぎゅう
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
下方にとってもちっぽけに見える行儀のいい、四角な、少し円味まるみをもって盛り上っている畑地。地面を蹴ってとびさえすれば何だか身体が浮くだろうという気のする、軽い、何かしら匂いのある空気。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
いかにも山人やまびとらしい風貌ふうぼうをそなえ、すぎの葉の長くたれ下がったような白いあらひげをたくわえ、その広い額や円味まるみのある肉厚にくあつな鼻から光った目まで、言って見れば顔の道具の大きい異相の人物であるが
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その可愛らしい瓜実顔うりざねがおは新らしい玉子のような円味まるみをもち
やはり剣道の胴当のように、たてに細い竹のきれのようなものが、胴の形に、やや円味まるみをもってならんでいたが、これは竹ではなくて、或るめずらしい材料でつくったものだ。
人造人間エフ氏 (新字新仮名) / 海野十三(著)
物の輪郭りんかく円味まるみを帯びずに、堅いままで黒ずんで行くこちんとした寒い晩秋の夜が来た。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
黒平入くろべらいりの鳥居峠附近から右に望んだ奥仙丈山の主脈は、平な円味まるみのある長い頂界線を描いて、高峭と云うような感じは起らないが、秩父の大洞山附近から遠望した所によると
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
そして部屋へやのすみにある生漆きうるしを塗った桑の広蓋ひろぶたを引き寄せて、それに手携てさげや懐中物を入れ終わると、飽く事もなくそのふちから底にかけての円味まるみを持った微妙な手ざわりをいつくしんだ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
木の根を掴んだり岩角にすがり付いたりして、馬の脊を逆落しに降りた所は根曲り竹の密生した岩壁の窪に過ぎなかった、急直に下ろして来た岩壁はこの窪を作る為に円味まるみを帯びて抉れ込んでいる。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)