うかが)” の例文
お作は妙におどついて、にわかに台所から消し炭を持って来て、星のような炭団たどんの火を拾いあげては、折々新吉の顔色をうかがっていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
抽斎が優善のために座敷牢を作らせたのは、そういう失踪しっそうの間の事で、その早晩かえきたるをうかがってこのうちに投ぜようとしたのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
宮はあやぶみつつ彼の顔色をうかがひぬ。常の如く戯るるなるべし。そのおもてやはらぎて一点の怒気だにあらず、むし唇頭くちもとには笑を包めるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
友はわずかにおもてげて、額越ひたいごしに検事代理の色をうかがいぬ。渠は峻酷しゅんこくなる法官の威容をもて
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昔神がここへ乗り捨てた馬が故郷を恋うて顧み嘶くのだそうで、その姿を見て農家が農事をうかがう。これらと相似れど、京都東山の大文字火同然人造に係る壮観が英国にある。
竿を手にして、一心に魚のシメこみうかがった。魚はかたの如くにやがて喰総くいしめた。こっちは合せた。むこうは抵抗した。竿は月の如くになった。いと鉄線はりがねの如くになった。水面に小波さざなみは立った。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
駅吏あらかじメ亭ヲはらツテ待ツ。すなわチ酒ヲ命ジテ飲ンデ別ル。(児精一郎ハ藩命ヲ以テ東京ニ留学ス)過午草加そうか駅ニ飯ス。越ヶ谷こしがや大沢ヲ粕壁かすかべノ駅ニ投ズ。諸僚佐皆来ツテ起居ヲうかがフ。晩間雲意黯淡あんたんタリ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おもひ見る淬刃暁暾さいじんげうとんうかが
日曜日で自分の内にいるのをうかがっていてしゃべり出したかと思われる。わば天下に呼号して、かたわら石田をして聞かしめんとするのである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
わづかにかく言ひ放ちて貫一はおごそかに沈黙しつ。満枝もさすがにゑひさまして、彼の気色けしきうかがひたりしに、例の言寡ことばすくななる男の次いでは言はざれば
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
始終働きづめでいるお島は、こんなところへ来て、偶に遊ぶのはそんなに悪い気持もしなかったが、落着のない青柳や養母の目色をうかがうと、何となく気がつまって居辛いづらかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
われ汝に弓箭を与え置くから、それを取ってかの人来るをうかがい、よくこれを射殺さば汝の父は必ず活くべきも、殺し損わば救いがたいという内に、果して右様の人がやって来た。
銀平これはと打驚き、脈を押えてうかがえばかすかに通う虫の呼吸、呼び活けんと声を張上げ
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
貫一は寄付よせつけじとやうに彼方あなたを向きて、覚めながら目をふさぎていと静にしたり。附添婆つきそひばばの折から出行いでゆきしをうかがひて、満枝は椅子をにじり寄せつつ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
茶山がいかに温藉の人であつたとしても、自ら屈して其旅舎にうかがふべきではあるまい。茶山の会見を果さなかつたのは、たゞに病の故のみではあるまい。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
その夜の黎明ひきあけに、お島が酔潰えいつぶれた作太郎の寝息をうかがって、そこを飛出した頃には、おしまいまで残ってつい今し方まで座敷で騒いで、ぐでぐでに疲れた若い人達も、もう寝静ってしまっていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)