五月闇さつきやみ)” の例文
それならば爲方しかたがない。が、怪猫ばけねこ大袈裟おほげさだ。五月闇さつきやみに、ねこ屋根やねをつたはらないとはたれよう。……まどのぞかないとはかぎらない。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
高橋の手勢は、橋上を押してゆき、隅田藤内左衛門の一勢は、水馬隊を編成して、橋下を泳ぎわたる——となって、前夜の北岸は五月闇さつきやみのうちに殺気立った。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真暗い五月闇さつきやみ草舎くさやの紅い火を見るも好い。雨も好い。春陰しゅんいんも好い。秋晴も好い。る様な星の夜も好い。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
平次は紙入を持つて追つかけましたが、八五郎の姿はもう、五月闇さつきやみの中に消えてしまひました。
ほおの一種だそうです。この花も五月闇さつきやみのなかにふさわなくはないものだと思いました。然しなんと云っても堪らないのは梅雨期です。雨が続くと私の部屋には湿気が充満します。
橡の花 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
中陰の翌日からじめじめとした雨になって、五月闇さつきやみの空が晴れずにいるのである。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
山梔子くちなしの花はほの暗い五月闇さつきやみの中に、白い顔をもたげて、強い匂の手で通る人を呼びとめた、あの素晴らしいの形や色はそんな心根の暖い情愛の言葉でなかつたならば何であつたらう。
雑草雑語 (新字旧仮名) / 河井寛次郎(著)
網打やとればものいふ五月闇さつきやみ 雪芝
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
風が、どっと吹いて、蓮根市の土間は廂下ひさしさがりに五月闇さつきやみのように暗くなった。一雨来よう。組合わせた五百羅漢の腕が動いて、二人を抱込かかえこみそうである。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五月十五日、生憎あいにくと、こよいは月がよくえている。つねならばもう梅雨雲つゆぐも五月闇さつきやみといわれる頃を。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……世の暗さは五月闇さつきやみさながらで、腹のすいた少年の身にして夜の灯でも繁華な巷は目がくらんで痩脛やせはぎねじれるから、こんな処を便たよっては立樹にもたれて
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その晩のわしは、まったく捨身すてみだった。田も畑も街道も見えなかった。ただ真っ暗な五月闇さつきやみの雲のに、ぴかぴかと大きく光る星だけが、何かの凶兆のように眼に映った。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その癖もの案じの眉がひそむ。……軒の柳にもやの有る、瓦斯がすほの暗き五月闇さつきやみ。浅黄の襟に頬白う、………また雨催あめもよいの五位鷺がくのに、内へも入らず、お孝はたたずむ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まったくの五月闇さつきやみであった。もろはらから豊川筋へかかる頃から、ポツ、ポツと白い雨のしまが闇を斜めに切って来た。やがて、沛然はいぜんたる大雨は、黙々とゆく三千の影を濡れ鼠にしていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを、しかも松の枝に引掛ひっかけて、——名古屋の客が待っていた。冥途めいど首途かどでを導くようじゃありませんか、五月闇さつきやみに、その白提灯を、ぼっと松林の中に、という。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「そろそろ五月闇さつきやみですから」
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雲は低く灰汁あくみなぎらして、蒼穹あおぞらの奥、黒く流るる処、げに直顕ちょっけんせる飛行機の、一万里の荒海、八千里の曠野あらの五月闇さつきやみを、一閃いっせんし、かすめ去って、飛ぶに似て、似ぬものよ。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
下駄穿げたばきに傘を提げて、五月闇さつきやみの途すがら、洋杖ステッキとは違って、雨傘は、開いてしても、畳んで持っても、様子に何となく色気が添って、恋の道づれの影がさし、若い心をそそられて
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)