“こうはい”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
向背47.5%
荒廃11.9%
後輩6.8%
興廃6.8%
光背5.1%
興廢5.1%
高沛3.4%
交杯1.7%
交盃1.7%
吼吠1.7%
(他:5)8.3%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
いま大坂にあるらしい徳川家康は無二の世渡り上手、すでに信長しと見たら、彼の向背こうはいもただわが誘いの如何によろう。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんなふうに、新政府が地方人民を頼むことの深かったのも、一つは新政府に対する沿道諸藩が向背こうはいのほども測りがたかったからで。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しばらくのあいだ、あれに住めといったばかり、要するに呂宋兵衛は、荒廃こうはいした南蛮寺の番人ばんにんにおかれたわけである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぬきや屋敷は、住む人もなく荒廃こうはいして、そこには、以前のようなやからも住んでいなければ、常木鴻山こうざんも源内もすでにいなかった。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これはやはり、おやと、師匠ししよう弟子でしと、先輩せんぱい後輩こうはいといふほどのちがひがあらはれてゐるのであります。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
むかし、教えて頂いた中学、学院の諸先生、友人、後輩こうはい連も来ていてくれました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
皇国こうこく興廃こうはいは諸君の双肩そうけんかかれり、それ奮闘努力せよ。右布告す。昭和十×年五月十日。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この際、君の奮起を望むというのも、いつにこの点に皇国の興廃こうはいかかっているからだ
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
殊に胴体から胸・顔面にかけて剥脱した白色が、光背こうはい尖端せんたんに残った朱のくすんだ色とけあっている状態は無比であった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
燈明とうみょうの光がゆらぐごとに、仏壇の中の仏様の光背こうはいが鈍く金色にゆれた。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
無論家の興廢こうはいなどゝいふことはてん眼中がんちゆうに置いてゐなかた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ひる終日ひねもす兵術へいじゆつしうし、よる燈下とうか先哲せんてつとして、治亂ちらん興廢こうはいかうずるなど、すこぶいにしへ賢主けんしゆふうあり。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と、不意に、楊懐ようかいを蹴とばし、高沛こうはいに組みついて、うしろ手に縛りあげてしまった。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
葭萌関かぼうかんを退いた玄徳は、ひとまず涪城ふじょうの城下に総軍をまとめ、涪水関ふすいかんを固めている高沛こうはい楊懐ようかいの二将へ、
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
——しかもそれは深く秘して交杯こうはい談笑のうちに各〻が魂の素肌まで示しあうところにまた、人と人との交わりの微妙な味もかもされるのであった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この始めの酒宴で日本のように三々九度というような交盃こうはいの式はない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
庄吉は、野獣のように、吼吠こうはいした。歯を剥き出して、眼を血走らせて、狂った獣のように——月丸が、深雪へ、斬りおろそうとした腕へ、突いてかかった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
しかし、当時勤王思想が澎湃ほうはいとして起って居り、幕府縁故の諸藩とも嚮背こうはいに迷って居り、幕軍自身が、新選組や会津などを除いた外は、決然たる戦意がなかったのであろう。
鳥羽伏見の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
いとしめやかに後背こうはいのにぶきつらねしらみたる。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
昨夜古いギリシアの兵法書を読んでいたら「夜打ちをかける心得」を説いたくだりに、狗吠こうはいや鶏鳴を防止するためにこれらの動物のからだのある部分を焼くべしということが書いてある。
俳諧瑣談 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かうして鎔岩ようがんあらされた損害そんがいおほきいが、それよりも火山灰かざんばひのために荒廢こうはいした土地とち損害そんがい
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
ポムペイ降灰こうはいにて埋沒まいぼつしたこと、有名ゆうめい大都市だいとしナポリに接近せつきんしてゐるため見學けんがく便利べんりなこと
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)