しずま)” の例文
旧字:
いつしか気がしずまると見えて、また木枯の吹きすさぶ町の中を黒い服を地上に引摺って、蔦の絡んだ白壁の教会堂の方へと帰って行くのだ。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
山中の湯泉宿ゆやどは、寂然しんとしてしずまり返り、遠くの方でざらりざらりと、湯女ゆなが湯殿を洗いながら、歌を唄うのが聞えまする。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
暫らくの間は腕をんで、あごえりうずめて、身動きをもせずにしずまり返ッて黙想していたが、たちまちフッと首を振揚げて
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「しっかりしろ! 馬鹿ばか!」と、哄笑こうしょうからしずまった群衆は、また人夫にこうした激励げきれいの言葉を投げている。
死者を嗤う (新字新仮名) / 菊池寛(著)
幕の後から覗く百姓の群もあれば、さくの上に登って見ている子供も有ました。手をたたく音がしずまって一時しんとしたかと思うと、やがて凛々りりしい能く徹る声で、誰やらが演説を始める。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それよりは室内しつないまたおともなく、ひッそりとしずまかえった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
高笑いの声がする内は何をしている位は大抵想像が附たからまず宜かッたが、こうしずまッて見るとサア容子が解らない。文三すこし不安心に成ッて来た。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
顔も真赤まっかに一面の火になったが、はるかに小さく、ちらちらと、ただやっぱり物見の松の梢の処に、丁子頭ちょうじがしらが揺れるように見て、気がしずまると、坊主も猿も影も無い。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
風呂敷を掛けられると、又急に籠の中は薄暗くなって、鳥の動くのがしずまってしまう。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と一心不乱、さっと木の葉をいて風がみんなみへ吹いたが、たちまちしずまり返った、夫婦がねやもひッそりした。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
フト瞬く間よどんで、しずまって、揺れず、なだらかになったと思うと、前髪も、眉も、なかだかな鼻も、口も、咽喉のんどかすかに見えるのも、色はもとより衣紋えもんつきさえ、あかるくなって
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たとえば店頭みせさきで小僧どもが、がやがや騒いでいる処へ、来たよといって拇指を出して御覧なさい、ぴったりとしずまりましょう、また若い人にちょっと小指を見せたらどうであろう
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やっと白尾を見て、囁いて聞くと、私たち三人がかりで片傍かたわきへ連出して、穏かに掛合ったので、何うにかしずまって黙ったが、あのがしらさかさまに植えたような頭は、いま一寸見当らない
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
町を流るゝ大川おおかわの、しも小橋こばしを、もつと此処ここは下流に成る。やがてかたへ落ちる川口かわぐちで、の田つゞきの小流こながれとのあいだには、一寸ちょっと高くきずいた塘堤どてがあるが、初夜しょや過ぎて町は遠し、村もしずまつた。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)