野葡萄のぶどう)” の例文
濁酒に限らず、イチゴ酒でも、くわの実酒でも、野葡萄のぶどうの酒でも、リンゴの酒でも、いろいろ工夫くふうして、酔い心地のよい上等品を作る。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
周囲の木々にからみついている野葡萄のぶどうの実をとってやったり、彼女たちを面白がらせるために墓石の銘を全部朗唱したり、あるいはまた
そのうちに、彼は、草庵の前の一本の樹にからんでいる野葡萄のぶどうの葉蔭から、キラと、自分のほうを睨んでいる二ツの眼に出会った。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
赤に、黄に、紫に、からからに乾いて蝕まれた野葡萄のぶどうの葉と、枯よもぎとが虫の音も絶えはてた地面の上に干からびて縦横に折り重なっていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ずうっと下の方の野原でたった一人野葡萄のぶどうべていましたら馬番の理助が欝金うこんの切れを首に巻いて木炭すみの空俵をしょって大股おおまたに通りかかったのでした。
(新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
よつてイザナギの命が御髮につけていた黒い木のつるの輪を取つてお投げになつたので野葡萄のぶどうえてなりました。
以前は普通の食事にも食べていたというが、現在はその粉によもぎ野葡萄のぶどうの葉の干したのを交ぜて、円くしてオヤキに焼き、味噌・砂糖などを附けて食べる。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大きなかさの中へ、野葡萄のぶどうをいっぱい採って来て、そればかりむさぼっていたものだから、しまいにしたが荒れて、飯が食えなくなって困ったという話もついでにつけ加えた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その頭上にはとねりこかしが、半かけの月光や星の光を、枝葉の隙からわずかこぼし、野葡萄のぶどう木賊とくさ蕁麻いらくさすすきで、おどろをなしている地面の諸所へ、銀色の斑紋を織っていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
エブコ (野葡萄のぶどうの如き野草の茎の中にむ虫)を用ゐるものは鮠釣
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そして、餓鬼のように、野葡萄のぶどうや山いちごを食べ草のくきを噛む。渓流にかがみこんで、小魚や水にむ虫まで口に入れた。血をるべく食うのである。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左はだらだらの谷で野葡萄のぶどうや雑木が隙間すきまなく立て込んだ。路は馬車がかろうじて通れるぐらい狭い。そこを廻って横手の門から車を捨てて這入はいると、眼がすっきりと静まった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
道の一方の、小川が森に流れこむほうの側には、かしくりの木立に野葡萄のぶどうつるが厚くからみついて、あたりを洞穴のように真暗にしていた。この橋をわたるのは、世にもつらい責苦だった。
野葡萄のぶどうの実は、まだ青かった。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
山野でも、恋する鹿しかだの、野葡萄のぶどうに踊るリスだの、動物たちも月夜の生理に浮かされるというが、清盛もなんとなく、やしきにしりがおちつかない。
たもとにも、はかまにも——辺りの草にも血らしいものはこぼれていない。けれど、眉も眼も苦しげにふさいだまま、清十郎の唇は野葡萄のぶどうのような色をしていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野葡萄のぶどうのような眸は、これを男に濡れさせてみたくなるばかりな蠱惑こわくをひそめ、なにかにかわいているらしい唇がその口紅を黒ずませて烈しい動悸ときめきに耐えている。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
木樵きこりや炭焼き小屋をうかがっては、持ちあわせの物代ものしろを食にえて来たり、野葡萄のぶどうだのあけびのツルなども曳いて、かつて九重ここのえの大膳寮では見もされぬ奇異な物も
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伊織は、野葡萄のぶどうへよく来るむささびの顔を覚えている。あの琥珀色こはくいろの眼が、草庵からのせいか、妖怪のそれのように、怖ろしくぎらぎら光っているのだった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野葡萄のぶどうの幾ツブかを口に入れ、忠顕はその皮を器用に懐紙かいしへ吐いてくるみながら言った。
山の芋、栗、甘柿、野葡萄のぶどう松茸たけなどの山のさち。もしや野山にしておわせられた戎衣じゅうい(軍服)の日を思い出られて、珍しくもない物ながら、ふと、おなぐさみにもなろうかと存じまして
まったく呼吸いきもせずに、そうしていたのであったが、やがて、伊織の眼の力が、彼を、圧伏してしまったものか、野葡萄のぶどうの葉が、カサと揺れたせつなに、むささびの影はどこへやら消えてしまった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)