野卑やひ)” の例文
しかしてこの人なることばはあるいは高尚こうしょうな意味に用いることもあれば、またすこぶる野卑やひなる意味をふくませることもある。たとえば
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そしてルイ十四世について伝説が主張しているとおり、この初老の男も、その言葉づかいからいっさいの野卑やひな語を追放してしまった。
野卑やひな凡下の投げることばのうちには、もっと露骨な、もっと深刻な、顔の紅くなるようなみだらな諷刺ふうしをすら、平気で投げる者がある。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かつこの歌の姿、見ゆる限りは桜なりけりなどいへるも極めてつたな野卑やひなり、前の千里ちさとの歌は理窟こそあしけれ姿ははるかに立ちまさりをり候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
あざみは、なまずのいうことに、みみをかたむけているうちに、人間にんげんが、自分じぶん毒々どくどくしい、野卑やひはなだといって、あしげにしたことをおもしました。
なまずとあざみの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
口々くち/″\わめき立てる野卑やひな叫びが、雨の如く降って来るのを、舞台の正面に屹然きつぜんと立って聞いて居る嬢の顔には、かすかにくれないちょうして来るようであった。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
貧乏と云へば、ぼろの着物、とぼしい食物、火の氣のない煖爐だんろ野卑やひな擧動、下劣な不品行を聯想する。貧乏は、私にとつては墮落と同じ意味であつた。
問題が焦点をそれていることが、その代りに、野卑やひな金銭上の事柄にまで、こうしていがみ合わなければならぬと云う意識が、一層二人を耐らなくした。
灰神楽 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
教育の精神は単に学問を授けるばかりではない、高尚こうしょうな、正直な、武士的な元気を鼓吹こすいすると同時に、野卑やひな、軽躁けいそうな、暴慢ぼうまんな悪風を掃蕩そうとうするにあると思います。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それはともかく、そのとき春吉君は、藤井先生が、このかたいなかの、学問のできない、下劣げれつ野卑やひな生徒たちに、しごく適した先生になられたことを感じたのである。
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
野卑やひな歌を口ぐせに教場で歌って水を満たした茶碗を持って立たせられる子などもあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
後輩の自分が枯草色かれくさいろの半毛織の猟服りょうふく——そのころ銃猟じゅうりょうをしていたので——のポケットにかたからった二合瓶にごうびんを入れているのだけが、何だか野卑やひのようで一群に掛離かけはなれ過ぎて見えた。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それと同時に啓吉は、死者を前にして哄笑する野卑やひな群衆に対する反感を感じた。
死者を嗤う (新字新仮名) / 菊池寛(著)
現実に住み飽きてしまったり、現実の粗暴そぼう野卑やひ愛憎あいぞうをつかしたり、あまりに精神の肌質きめのこまかいため、現実から追い捲くられたりした生きものであって、死ぬには、まだ生命力があり過ぎる。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
初め一概に野卑やひ滑稽こっけいとしかうつらなかった胡地こちの風俗が、しかし、その地の実際の風土・気候等を背景として考えてみるとけっして野卑でも不合理でもないことが、しだいに李陵にのみこめてきた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
かつこの歌の姿、「見ゆる限りは桜なりけり」などいえるも極めてつたな野卑やひなり、前の千里ちさとの歌は理屈こそあしけれ姿ははるかに立ちまさり居候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
それは、隣席の池内光太郎が彼の耳に口をつけて、ささやき声で、芙蓉の舞台姿に、野卑やひな品評を加え続けていたことが、彼に不思議な影響を与えたのでもあったけれど。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
不潔ふけつな、野卑やひな、非文化的な、下劣げれつなものがいるということを、都会ふうの、近代的な明るい藤井先生が、どうお考えになるかと思うと、まったく、いたたまらなかった。
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
ゆえにだんだんいわゆる理想の奥を探るとすこぶるいやしむべき野卑やひなる動機に到着することがしばしばある。自己の欲望の汚穢おわいおおうために理想という文字を用うるものがたくさんある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
と、酒の勢いもありましょう、野卑やひな博労ことばで、啖呵たんかを切ッたものです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この歌万葉時代に流行せる一気呵成いっきかせいの調にて少しも野卑やひなるところはなく字句もしまり居り候えども、全体の上より見れば上三句は贅物ぜいぶつに属し候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
田舎芸妓のボロ三味線に、野卑やひな俗曲を、女の甲声かんごえと、男の胴間声どうまごえとが合唱して、そこへ太鼓たいこまで入っているのです。珍しくおお一座と見えて廊下を走る女中の足も忙しそうに響いて来ます。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかしさすがに山上の境内に入ると、そこには、謀将旗本たちが多く居て、秩序も一そう厳粛なので、さしたる野卑やひも聞えなかった。そのかわりに一種、身に迫る凄気が、十名の心をしめつけた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
またある時はみずから野卑やひと称するほど謙遜へりくだる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)