むくろ)” の例文
丁々坊 ははは、この梟、羽をはやせ。(戯れながら——熊手にかけて、白拍子のむくろ、藁人形、そのほか、釘、獣皮などをさらう。)
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よし絶念め得たりとも絶念めての後には徒らにむくろの小室がうごめく許りとおもへ。只に歡樂の盡きしといふのみならば、人は猶永らへ得べし。
古代之少女 (旧字旧仮名) / 伊藤左千夫(著)
灸所きゅうしょの痛手に金眸は、一声おうと叫びつつ、あえなくむくろは倒れしが。これに心の張り弓も、一度に弛みて両犬は、左右にどう俯伏ひれふして、霎時しばしは起きも得ざりけり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
なれども、切支丹宗門の教にて、一度ころび候上は、私たましひむくろとも、生々世々しやうじやうせせ亡び申す可く候。何卒なにとぞ、私心根を不憫ふびん思召おぼしめされ、此儀のみは、御容赦下され度候。
尾形了斎覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
獸はたえずはやさを増しつゝ一足毎にとくすゝみ、遂に彼を踏み碎きてその恥づべきむくろを棄つ 八五—八七
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
さてこの石棺は歴山アレキサンドル大帝の遺骸ををさむといふ。公子。何とかいふ、歴山大帝のむくろこゝにありとや。ジエンナロ、我が聞きしはしかなりき、さにはあらずや、と寺僮じどうを顧みれば、まことに仰の如しと答ふ。
ひつぎにも蔵められず、腐屍を禿鷹の餌食に曝すむくろの上を
間島パルチザンの歌 (新字旧仮名) / 槙村浩(著)
枝の下を、首のないむくろと牛は、ふとまた歩をゆるく、東海道の松並木まつなみきを行くさまをしたが、あい宿しゅくも見えず、ぼツと煙の如く消えたのであつた。
雨ばけ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
さるにかれ事もなげに、見事仕止めて帰りぬト、語るをわれも信ぜしが。今はた思へば彼時に、むくろ人間ひとに取られしなどと、いひくろめしも虚誕いつわりの、尾を見せじと思へばなるべし。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
あとをも見ずしていっさんに走り出ずれば、心急こころせくまま手水口の縁に横たわるむくろのひややかなるあしつまずきて、ずでんどうと庭前にわさきまろちぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
松より寸留々々するすると走り下りて、かれむくろを取らんとせしに、何処いずくより来りけん一人の大男、思ふに撲犬師いぬころしなるべし、手に太やかなる棒持ちたるが、歩みよってわれをさえぎり、なほ争はば彼の棒もて
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
炎のからんだように腰の布がくれないに裂けて、素裸すはだであろう、黒髪ばかりみののごとく乱れた、むくろをのせた、きしり、わだちとどろき、磽确こうかくたる石径を舞上って
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二足ばかり横へ曲ると、正面に、あおせたるむくろを納めて、病も重き片扉。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いま辻町は、蒼然そうぜんとして苔蒸こけむした一基の石碑を片手で抱いて——いや、抱くなどというのははばかろう——霜より冷くっても、千五百石の女﨟じょうろうの、石のむくろともいうべきものに手を添えているのである。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)