みえ)” の例文
この行甚だ楽しからず、蒼海約して未だ来らず、老侠客のかほ未だみえず、くはふるに魚なく肉なく、徒らに浴室内に老女の喧囂けんがうを聞くのみ。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
「むゝ。」とふくれ氣味のツちやまといふみえで、不承不精ふしやうぶしやう突出つきだされたしなを受取ツて、楊子やうじをふくみながら中窓のしきゐに腰を掛ける。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
聞てさてこそ只今申通り我々を召捕了簡と相みえたりと云へば皆々山内が明察めいさつを感じてやまざりしと扨も越前守は若黨草履取を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
なにかわった事は有りませんがッた今警察長がおみえに成り彼れに逢て帰たばかりですから目「それだけでく己の来たのが藻西に逢う為めだと分ッたな牢番 ...
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
茫然ぼんやりとした顔付かおつきをして人がよさそうにみえる。一日中古ぼけた長火鉢の傍に坐って身動きもしない。古いすすけたうちで夜になると鼠が天井張てんじょうばりを駆け廻る音が騒々しい。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
みえを飾る出仕の牛車にしてからが、さっき上がりがけに見たところでは、五年も塗更ぬりかえてない貧乏車で、牛部屋の牛は痩せている。あるじの粗服は、ひさしのやぶれと同じ程度の古さである。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
果敢々々はかばかしきしるしみえぬに、ひたすら心を焦燥いらちけり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
見返みかへり/\やゝかげさへもみえざればうしがみをや引れけん一あし行ば二足ももどる心地の氣をはげまし三河の岩井をあとになし江戸を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
私はまた四辺に人気ひとけはないかと注意した。やはり一人の姿すらみえなかった。私はこの時こう思った。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
だから平家一門の公達輩きんだちばらは、みえにして、各〻めいめい、名馬を争い持った。名馬を手に入れる事では、屡〻しばしば悶着もんちゃくや喧嘩さえ起った。そういう平家人のあいだでは、こんな事すら云われていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かくよく廿二日のあさ嘉川家の人々藤三郎のみえざるを不審ふしんに思ひし所藤五郎を入れ置きしをりやぶれ其上伴建部等も居らざれば大いに驚きさわ邸内やしきうちの者共を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
戸外そとは霜が降って寒いとみえて往来を通る人の下駄の音が冴えて聞える。まだ宵の口には相違ない。私はランプをともそうと思って、手探りに四辺あたりを探したが分らなかった。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)