ぞう)” の例文
旧字:
というのがこの人の口癖であって、優しい容貌のうちに烈しい気性をぞうし、武家政治の時流に、鬱勃うつぼつたる不平を抱いているらしかった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女かれの岩穴のうちに何等かの暗い秘密をぞうしているので、の発覚を恐れてかかる兇行を企てたに相違ない。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いな、否、私のあの血みどろな小説は、私の心に深き恨みをぞうしていたからこそ書けたとも云えるのだ。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
女はむかしのままの一筋ひとすじの真心をもってわたしを愛してくれるのに、このような分裂ぶんれつした気持ちを胸にぞうし、表面だけとりつくろっているのはつみであると思いました。
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
目には誠忠の光をたたえ口元には知勇の色をぞうす、威風堂々としてあたりをはらって見える。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
橘屋たちばなや若旦那わかだんなは、八百ぞううつしだなんて、つまらねえお世辞せじをいわれるもんだから、当人とうにんもすっかりいいンなってるんだろうが、八百ぞうはおろか、八百丁稚でっちにだって
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
空前の土木工事にはちがいないが、かの堰堤ダムはいかなる秘密をぞうしているのであろうか。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかるに支那にしてもし今の状態を永く続けるならば、その間には虎視眈々こしたんたんとして、野心をぞうし功名心を有する列強が、その機に乗じて種々なる暗中飛躍を試みることになるかも知れぬ。
日本ラインにもかつて見なかったその水色すいしょくのすさまじさは、まことに深沈しんちんたる冷徹そのものであった。山中において恐らくいかなる湖面といえどもこれほどの水深をぞうする凄みはすくないであろう。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
二つのカンテラが一間ばかりの距離に近寄った時、待ち受けたように、自分は掘子の顔を見た。するとその顔が非常なあおぞうであった。この坑のなかですら、只事ただごととは受取れない蒼ん蔵である。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「壺中の小天地、大財をぞうす——あけてみるのが楽しみだな」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
どっしりとしていて鋭敏なものをぞうしていると思える。
そうしたら深い谷々をぞうしている荒山あらやまも、1080
龍のたま深くぞうすといふことを
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
数十本ぞうしてあろうとは。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
足利方の大将山名時氏やまなときうじの家来で、漆間うるしまぞう六という者だった。蔵六の顎にも霜が生えていた。五十がらみの武者である。
日本名婦伝:大楠公夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
泰軒は泰軒でまた胸に一もつぞうしている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
初笑深くぞうしてほのかなる
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「情けないことかな、それ英雄とは、大志を抱き、万計ばんけいの妙をぞうし、行ってひるまず、時潮におくれず、宇宙の気宇、天地の理を体得して、万民の指揮にのぞむものでなければならん」
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——原士の屋敷はすべてだが、お前の屋敷も旧家でかなり広かった。わしは畳代えの職人で、名前はかりに六ぞうといっていた。あの奥の十八畳の部屋、十二畳の客間、六畳の茶の間、十畳の書院」
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふいに、物陰ものかげから躍り出て、漆間うるしまぞう六が前に立った。
日本名婦伝:大楠公夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)