蒼白あおしろ)” の例文
身体からだも服装もき通っておりますが、顔だけはたしかにその女だと分るくらいにあざやかであります。ただ常よりは非常に蒼白あおしろいのであります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二郎がまなこは鋭く光りて顔色がんしょくは死人かと思わるるばかり蒼白あおしろく、十蔵は怪しげなる微笑を口元に帯びてわれらを迎えぬ。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
父が書斎の丸窓まるまどそと外に、八手やつでの葉は墨より黒く、玉の様な其の花は蒼白あおしろく輝き、南天の実のまだ青い手水鉢ちょうずばちのほとりに藪鶯やぶうぐいす笹啼ささなき絶間たえまなく聞えて屋根、のき、窓、ひさし
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
代助は蒼白あおしろく見える自分の脳髄を、ミルクセークの如く廻転させるために、しばらく旅行しようと決心した。始めは父の別荘に行く積りであった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かれが蒼白あおしろき顔は電燈の光を受けていよいよ蒼白く貴嬢きみがかつて仰ぎ見て星ともでしまなこよりは怪しき光を放てり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その時雨に光る車を門から中へ引き込んだ。輪の音が、雨を圧して代助の耳に響いた時、彼は蒼白あおしろい頬に微笑を洩しながら、右の手を胸に当てた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
灰色の外套がいとう長くひざをおおい露を避くる長靴ながぐつは膝に及びかしらにはめりけん帽のふち広きをいただきぬ、顔の色今日はわけて蒼白あおしろく目はあやしく光りて昨夜の眠り足らぬがごとし。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
お秀がこう云いかけた時、病室のふすまがすうといた。そうして蒼白あおしろい顔をしたお延の姿が突然二人の前に現われた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三千代の顔はこの前逢った時よりはむし蒼白あおしろかった。代助に眼とあごで招かれて書斎の入口へ近寄った時、代助は三千代の息をはずましていることに気が付いた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とっさの場合、彼女はただ夫の他の半面に応ずるのを、ここへ来た刻下こっかの目的としなければならなかった。彼女は蒼白あおしろほおに無理な微笑をたたえて津田を見た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
相変らず例の派出はではかま穿いて、蒼白あおしろい額ににじんだ汗をこくめいに手拭てぬぐいいている。少しせたようだ。はなはだ申し兼ねたが金を二十円貸して下さいという。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
曝露ばくろの日がまともに彼らの眉間みけんを射たとき、彼らはすでに徳義的に痙攣けいれんの苦痛を乗り切っていた。彼らは蒼白あおしろい額を素直に前に出して、そこにほのおに似た烙印やきいんを受けた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まゆとそれから濃い眸子ひとみ、それが眼に浮ぶと、蒼白あおしろい額や頬は、磁石じしゃくに吸いつけられる鉄片てっぺんの速度で、すぐその周囲まわりに反映した。彼女の幻影は何遍も打ちくずされた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
細長い男は返事もせずに、帽子を脱いで、胸のあたりをあおいでいる。日頃ひごろからなるひさしさえぎられて、菜の花を染め出す春の強き日を受けぬ広きひたいだけは目立って蒼白あおしろい。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は其所そこに立ったまま、しばらく細君の寐顔を見詰めていた。ひじの上に載せられたその横顔はむしろ蒼白あおしろかった。彼は黙って立っていた。御住おすみという名前さえ呼ばなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼らは第一に僕の弱々しい体格と僕の蒼白あおしろい顔色とを婿むことしてうけがわないつもりらしかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分はまた五六人と共に、大きな食卓を囲んで、山鳥のあつものを食った。そうして、派出はで小倉こくらはかまを着けた蒼白あおしろい青年の成功を祈った。五六人の帰ったあとで、自分はこの青年に礼状を書いた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蒼白あおしろほおしまれるに、薄き化粧をほのかに浮かせるは、一重ひとえの底に、余れる何物かをかくせるがごとく、蔵せるものを見極みきわめんとあせる男はことごとくとりことなる。男はまばゆげになかば口元を動かした。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女は再び火の上に差し延べた手を返して蒼白あおしろほおを二、三度でた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ須永だけは蒼白あおしろい顔をして口もかず鼻も鳴らさなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)