羽虫はむし)” の例文
旧字:羽蟲
「いえ、戯談ぜうだんなぞ申しません。鶏小舎とりこやの古いのを買ひまして、それにすまつてゐるのです。夏分なつぶんになりますと、羽虫はむしに困らされます。」
たぶん羽虫はむしが飛ぶのであろう折り折り小さな波紋が消えてはまた現われている、お梅はじっと水を見ていたが、ついに
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ひいては又、この健康な五体も、今頃は羽虫はむし病にとりつかれて悩んでいたにちがいありませんからな。はははは
美しい日本の歴史 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そらたか羽虫はむしいかけていたやんまが、すういとりたとたんに、おおきなくものにかかってしまいました。
二百十日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ただ広びろとつづいたなぎさに浪の倒れているばかりだった。葭簾囲よしずがこいの着ものぎ場にも、——そこには茶色の犬が一匹、こまかい羽虫はむしれを追いかけていた。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わざと手入れをしない雑草と雑木のあいだを、羽虫はむしがむれをなして飛んでいるのが、その百千のはねが白く光って、日光のなかでちりが舞っているように見える。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
時々、ヘッドライトに照された羽虫はむしの群が、窓外そうがい金粉きんぷんのように散るほか、何んの変った様子もなかった。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
右に祭壇、左に夫人の墓石——枯葉が散りかかって、ごみのような小さな羽虫はむしが一めんに飛んでいた。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
あぶのような羽虫はむしも飛んでいる。河上ではつりをしている人もいる。何が釣れるのか知らない。底まで澄んでみえるような水の青さだった。時々、客を乗せた屋形船やかたぶねが下りて来る。
田舎がえり (新字新仮名) / 林芙美子(著)
また、死といえば蟻、螻蛄けら羽虫はむしになっても縷々るると転生してしまう暢気極まる死です。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
南縁なんえんけんを迎うるにやあらん、腰板の上にねこかしらの映りたるが、今日の暖気に浮かれでし羽虫はむし目がけて飛び上がりしに、りはずしてどうと落ちたるをまた心に関せざるもののごとく
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
もうたそがれ時で、電灯がともって、その周囲におびただしく杉森すぎもりの中から小さな羽虫はむしが集まってうるさく飛び回り、やぶ蚊がすさまじく鳴きたてて軒先に蚊柱を立てているころだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
すると寮監の眼は、不意に羽虫はむしでも飛び込んだように、しばしぱっとする。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
石苔いしごけにわがいだしたるつばのべに来りて去らぬ羽虫はむしあはれむ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
饑渇きかつせめや、貪婪たんらん羽虫はむしむれもなにかあらむ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
理髪所とこやの隣に万屋よろずやあり、万屋の隣に農家あり、農家の前にはむしろ敷きてわらべねこと仲よく遊べる、茅屋くさやの軒先には羽虫はむしの群れ輪をなして飛ぶが夕日に映りたる
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
りんごのは、びっくりしました。どこからこんなちいさな、しろ羽虫はむしんできたろうかとおもったのです。
北海の波にさらわれた蛾 (新字新仮名) / 小川未明(著)
盛んに羽虫はむしが飛びかわして往来の邪魔になるのをかすかに意識しながら、家を出てから小半町こはんちょう裏坂をおりて行ったが、ふと自分のからだがよごれていて、この三四日湯にはいらない事を思い出すと
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
自分たちもこの画中の人に加わって欄に倚って月を眺めていると、月はるやかに流るる水面に澄んで映っている。羽虫はむしが水をつごとに細紋起きてしばらく月のおも小皺こじわがよるばかり。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)