ちょく)” の例文
「飛んだ久松の孫右衛門さ。旦那のいねえ夜を合図で知らせて、引っ張り込んでた情人いろあ誰だ? ちょくに申し上げた方が為だろうぜ。」
ことにまた自分の句の上に無造作に○がついたりちょくが這入ったりするのを一層不思議そうな眼でながめていたに相違ない。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
父には人に見られない一種剽軽ひょうきんなところがあった。ある者はちょくかただとも云い、ある者は気のおけない男だとも評した。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
至極ちょくな人物である。このよさそうな教師を村に得ただけでも、彼は安心して東京の方に向かうことができるわけだ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あの辺はこことちがって周囲がちょくで物価もやすいし、そちらへ多分歩いてゆける位かもしれず、本当にわるくないでしょう。少しわくわくする位です。
庭口からちょく縁側えんがわの日当りにこしおろして五分ばかりの茶談の後、自分をうながして先輩等は立出でたのであった。自分の村人は自分にうと、興がるをもって一行を見て笑いながら挨拶あいさつした。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「今日お前はいつものよそゆきと違って大変ちょくうぶ身装なりをしているねえ」
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「此のちょくはどうしたんだ。もう交替時間はとっくに過ぎているじゃないか」
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
蕁草いらくさ刺毛さしげいらわれるような遣瀬なさで、痒味つら味は何にたとえようもないほどであった。しばらくの間は袴の上から押抓おしつねってなだめていられたが、仲々もって左様なちょくなことではおさまらない。
玉取物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
余はちょくは全く余に存してきょくはことごとく余を捨てし教会にありとは断じて信ぜざるなり、余に欠点の多きは爾のしろしめすごとくにして余の言行の不完全なるは余の充分爾の前に白状する所なり
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
この先生が飄逸ひょういつで、ざっかけで、ちょくで、気が置けない人柄である上に、お医者の方にかけては、江戸でも鳴らしている大家であるというような信頼もあるし、当然その脱線も脱線とは受けとれず
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ちょくな、気の張らない料理屋をその角にもった横町だったのである。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
「へえ。相済みませぬ。御名物のお殿様でごぜえますから、ちょくに申しまするが、名前は人好ひとよし長次、まとまった金がころがりこむと、じきにうれしくなって人にバラ撒いちまいますんで、この通り年がら年中文なしのヤクザ野郎でごぜえます」
ついに壁を背にして仁王立ち……再び、刀をさげ体をちょくに、なかばとじた眼もうっとりと、虚脱平静きょだつへいせい、半夜深淵をのぞむがごとき自源流水月の構剣……。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
旧暦三月上旬のことで、山家でも炬燵こたつなしに暮らせる季節を迎えている。相手は旅の土産話みやげばなしをさげて来た縫助である。おまけに、腰は低く、話はちょくな人と来ている。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一寸こちらへ来て部屋にかえることもちょくですし。家のことやる人もこちらにおいて。二階を私の室。下の六畳寿江子。四畳半を茶の間。ね。わるくないプランでしょう。
もし人情なるせまき立脚地に立って、芸術の定義を下し得るとすれば、芸術は、われら教育ある士人の胸裏きょうりひそんで、じゃせいき、きょくしりぞちょくにくみし、じゃくたすきょうくじかねば
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
がん到りてかえって燕王の機略威武の服するところとなり、帰って燕王の語ちょくにして意まことなるを奏し、皇上権奸けんかんちゅうし、天下の兵を散じたまわば、臣単騎たんき闕下けっかに至らんと、云える燕王の語を奏す。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
三次はかっとして、この野郎っ、ちょくに申上げねえかっ、と呶鳴ろうとしたが、何思ったかにこりと笑って
「とは言わせねえぜ。じつああっしが——と、ちょくに出な、直に。」
釘抜藤吉捕物覚書:11 影人形 (新字新仮名) / 林不忘(著)