産衣うぶぎ)” の例文
その時、ドアの外へ、何かぶつかって来たような大きな音がした。産衣うぶぎにつつまれている赤い小さい顔は衝動ショックをうけて突然泣きだした。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この世に生れ出て、産衣うぶぎを着せられると同時に、今日までにわたって加えられた外界の圧迫から、お前は今始めて自由になることが出来る。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ここはやかたの広間であった。銀燭が華やかにまたたいている。一段高い床間には楯無しの鎧が飾ってある。——月数。日数。源太が産衣うぶぎ。八竜。沢瀉おもだか。薄金。膝丸。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おくるみに包まれて眠っているのは汚ない産衣うぶぎを着た松吉で、達也様は花の手にしっかりと抱かれ、泣きもせず、もう先へ逃げてしまっていたのですから——。
美人鷹匠 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
執達吏は其の産衣うぶぎをも襁褓むつきをも目録に記入した。何物をも見のがさじとする債権者の山田は押入おしいれ襖子からかみを開けたが、其処そこからは夜具やぐの外に大きな手文庫が一つ出て来た。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
背丈がずんぐりなので醤油樽しょうゆだるか何かでも詰めこんでいるかのような恰好かっこうして、おせいは、下宿の子持の女中につれられて、三丁目附近へ産衣うぶぎの小ぎれを買いに出て行った。
死児を産む (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
「もう一と息だよ——お前御苦勞だが、伊之助の出入りして居るお邸で、五年前にお産のあつた家を探してくれ。白羽二重の産衣うぶぎを用意する位だから、御目見得以上の武家だ」
一方の座敷におきぬが、蒲団の上に坐って、やがて生れる子のために自分の半纏はんてんをほどき、産衣うぶぎ代りに縫っている。安どまりの女房おろくが、安産のお守を柱に貼りつけている。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
絣のその着物は、今お母さんが召していらっしゃる。そして産衣うぶぎの黄色いちりめんの袖まで見ている、いかがです? 私の赤いふりそでの産衣を見せて上げられないのは残念です。
恵み深き神はわが父、恵み深き聖母はわが母、三人の使徒はわが兄弟、三人の童貞女おとめはわが姉妹。神の産衣うぶぎにわが身体は包まれてあり、聖マルグリットの十字はわが胸に書かれたり。
お母様がおこしらえになったお召物を着せて上げたいと存じまして、と云って、妙子が有馬で縫い上げた産衣うぶぎを受け取って出て行ったが、間もなく院長が死んだ児を抱えて這入って来た。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
絹の蒲団ふとんに寝かせて、乳母を二人も三人もつけて、お祝いの産衣うぶぎが四方から山ほど集り、のみ一匹も寄せつけず玉のはだのままで立派に育て上げる事も出来たのに、一年おくれたばかりに
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
利章が生れた時に先代の主人筑前守長政は守、脇差わきざし産衣うぶぎ樽肴たるざかなを父利安に贈られた。自分はそれを持つて栗山家へ往つたが、其時利章の父利安は跣足はだしで門まで送つて出て、禮を言つた。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
入って行くと、子供は産衣うぶぎそのままの姿なりで、のみを避けるために、風通しのよい窓の側に取り出した一閑張りの広い机のうえに寝かされてあった。八月の半ばすぎで、暑さはまだはげしかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「富井さん、之は姉が、貴方のお子さんに上げるつもりで買って来た、産衣うぶぎだそうです。丁度、発病する日の朝、松屋で買って来たのだそうです、姉が生きてれば縫って上げるのでしょうが。」
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
忽然こつねんと下界へちて来た一つの星みたいに見えた。それが、「源太ヶ産衣うぶぎ」や「髯切ひげきり」の燦爛さんらんとは知るよしもなかったが、何しろどこか粧装よそおいが違う。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
緋の羽二重に花菱の定紋ぢやうもんを抜いた一対の産衣うぶぎへばんではるが目立つてなまめかしい。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
人通りの少い山路やまみちを歩くようにしていること、部屋にいる時は小説を読んだり、久振に人形の製作をして見たり、赤ん坊の産衣うぶぎを縫ったりしているが、誰からも一通の手紙も来なければ
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
古い達磨だるまの軸物、銀鍍金メッキの時計の鎖、襟垢えりあかの着いた女の半纏はんてん、玩具の汽車、蚊帳かや、ペンキ絵、碁石、かんな、子供の産衣うぶぎまで、十七銭だ、二十銭だと言って笑いもせずに売り買いするのでした。
老ハイデルベルヒ (新字新仮名) / 太宰治(著)
白羽二重の産衣うぶぎに包んで、生れたばかりの赤ん坊を抱いて來ましたが、赤ん坊に附いて居たお金は少しばかりではなかつた樣子で、あちこちの借など返したのを、私は子供心に覺えて居ります
まず着せられる産衣うぶぎなるものが、もしもそれが木綿なら、その原料は綿でなければならない。綿は綿の木の花である。花は生命を持っている。でその生命を殺すことによって木綿なる物は造られる。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
軍医正は、散らんとする花にでもさわるように、産衣うぶぎにくるまれた子を、産婦のそばからそっと取って抱いて行った。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんど生れる子供の産衣うぶぎやら蒲団ふとんやら、おしめやら、全くやりくりの方法がつかず、母は呆然ぼうぜんとして溜息ためいきばかりついている様子であるが、父はそれに気附かぬ振りしてそそくさと外出する。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
白羽二重しろはぶたえ産衣うぶぎに包んで、生れたばかりの赤ん坊を抱いて来ましたが、赤ん坊に付いていたお金は少しばかりではなかった様子で、あちこちの借りなど返したのを、私は子供心に覚えております
わけて佐殿すけどのは、目の中へ入れても痛くないほどな可愛がりようで、こんどの合戦に際しても源家重代の「源太ヶ産衣うぶぎ」というよろいと、「髯切ひげきり」の太刀たちの二品をば
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
北さんも中畑さんもよろこんで、立派な産衣うぶぎを持って来て下さった。
帰去来 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「捨てられたとき着ていたという、白羽二重の産衣うぶぎは?」
源氏重代のこんおどし「源太ヶ産衣うぶぎ」の具足をよろい、髯切ひげきりの太刀を横たえ、たくましい鹿毛かげの鞍にあるために、一かどらしくは見られるが、何といっても、まだ十三歳であった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「捨てられた時着て居たといふ、白羽二重の産衣うぶぎは?」